第37話 締め。
海斗に背を向け歩きながらも、前を漂う火の玉は頂いていく。ようやくゲートをくぐったところで、建屋のコンクリートの地面に警棒をトントンと当てて縮めようとするが、うまく縮まらない。
「あ、あれ……?」
「どうしたの?」
「いや、ちょっと警棒が戻らなくて……」
「戻らないって?」
「いやあ、なんだろう?」
警棒をよく見ればなんとなく曲がっている。こういうのってかなりの剛性に作ってあると思うのだけど。これは参ったな。ぐっと握って元の位置に曲げようとするが、流石にそれは無理だった。
でも、今俺の横には瑠華がいる。
「あー。瑠華ちゃん?」
「飯の後でも良いんだけどさ――」
「武器屋さんに行きたいんでしょ?」
「お、おう」
「分かった。いいよ」
「ほんと? ゴメンな」
「その代わり、どっしようかな……」
「え?」
「だって、私が馬鹿力みたいで恥ずかしいじゃん?」
「えっと、それはまあ、探索者だしな」
「探索者じゃない人が曲げたんだけどね」
「ははは……」
「……」
俺は笑ってごまかそうとするが、瑠華はジッと俺を見る。
「えっと?」
「さっきの動き……。あれの説明もちゃんとすること」
「うっす」
まあ、確かにな。よく考えれば高専の二年でトップクラスの海斗でさえ手こずっていた相手だ。俺もそこまで出来ると思わなかったが、攻撃力的には完全に俺のほうが高いと見ていいと思う。
てか、感覚的に、三匹くらいなら一人でやれるかもな。
そんな事を考えながら、何事もなかったかのように俺達はダンジョン建屋のおばちゃんに手を振って外へ出る。探索者達は皆ダンジョン内に居るため、こんな昼間に外にほとんど人が居ないというのも珍しい。
「いい天気だなあ」
「こんな時にダンジョンの中に籠もりきりなんて不健康よ」
「いやいやいや。ここは爺ちゃん婆ちゃんが健康のために来る場所だぜ?」
「私達は若いのよ? 太陽の下で青春しないとね」
「青春ねえ」
たしかになあ。十六で働いてる俺。これもこれで青春だなあなんて思っては居るけど。学生生活をしてクラスメイトと恋愛したりして、なんてのが一般的な青春のイメージなんだろうなあ。
ん?
二人で並んで歩いてくると、前からスーツを着た男女の二人が建屋に向かって歩いてくる。なんとなく強者っぽい雰囲気のある二人だ。
ただ、ダンジョンに向かうのにスーツって言うのはなんだろう。ちょっと違和感がある。
俺がチラチラと目線を送ったからだろうか、その男のほうが俺の方を見て足を止めて立ち止まる。
「なあ、兄ちゃん。もうボスってポップしたかい?」
「え? いやあ。僕ら良くわからないです」
「ダンジョンから出てきたんじゃないの?」
「そうなんですけどね。キャンプに行くのに火の魔石を集めようとしに着たんですけどね。なんかボスが出るって言われたんで、帰るところです」
少し嫌な予感がして俺は思わず嘘を交える。横で瑠華は何も言わずに居た。
「ん~。そうか。あんがとね~。ちょっと見てくるわ」
「はい、気を付けて下さい」
そのまま二人は再び建屋の方へと足を進める。俺は振り向かないようにしながらも意識を二人に向けて警戒を続けるが、特に問題はなさそうだ。公園の出口あたりで道へと曲がりつつ横目で後ろを確認するが、そのまま建屋の影に消えていくのが見えた。
なんだ?
探索者だと思うが、なんとなく初級ダンジョンに不釣り合いな実力者に感じた。
「あの二人、エージェントじゃない?」
「エージェント?」
「うん、探索者協会の」
「何でそんな人が?」
「トラブルとかそういうのが有ると出てくるって聞いてるから。もしかしたら今回のボスが複数出てきたのとか、関係あるかも?」
「ああ、なるほど……。でも複数出てくるの分かってたってこと?」
「わからないけど、発生を予測する魔素の測定で異常な数値が出たとかじゃない?」
「うーん。なるほどね」
俺達はそのまま駅まで歩き、電車で以前買い物をした武器屋の有る駅まで移動する。
そして電車に揺られながら、俺達は他愛のない会話を重ねていた。
「そういえばさ。青春っていうなら、瑠華ちゃん誰か良い男居ねえの? こんな中卒の用務員といっしょに居ても青春っぽくないぜ?」
「……はぁ」
「だよなあ。ため息もつきたくなるわな」
「だーかーら、何を言ってるの?」
「何って?」
「もう……。だからね? 志摩君は中学の同級生でしょ?」
「まあ……。そうだな」
「元、かもしれないけど同級生の男の子と歩いてるのよ? 十分青春よ」
「そう、なのか?」
「そうよ」
「……ああ。まあ、そうなのかもな。瑠華ちゃん大分垢抜けて可愛くなったしな。うん。俺にとっても役得だ」
「ひゃっ」
なんか知らないが、突然瑠華は変な悲鳴を上げる。何かあったのかと横を見るが……。瑠華は眉を寄せて変な目で睨みつけてくる。
「どうした?」
「……はぁ。駄目ねこの子」
「えっと?」
「まあいいわ。時間も時間だから武器屋に行く前にご飯食べたいな」
「お、良いねえ。牛肉と豚肉と鶏肉、どれが良い?」
「え? 肉縛り?」
「青春謳歌しまくりの若者だぜ。俺達は。当然食うのは肉だろ?」
「よくわからない理屈だけど……」
「肉肉野菜肉野菜」
「はいはい。わーかった。なんでも良いから。美味しいところつれてって」
「うむ。最近頑張って魔石集めてるから意外と懐はなんとかなってるんだぜ。今回は十分奢れるから」
「お、さすが社会人ですな」
「ひひひ」
……。
……。
……なんか知らんけど、こんな感じで俺の人生は変な方向へとネジ曲がっていく。
有資格者とか言ってるけど、俺は奴らより強くなるってのも面白いよな。ていうかむしろ全然その可能性は有る気がする。
だってまあ。奴らは異世界を知らないんだから。
◇◇◇
三郷ダンジョンの公園入口に一台のタクシーが止まる。そして中からは一人の男が降りてきた。男はスーツをだらしなく着崩していた。そして周りを見回しながら中で支払いをしている女性が出てくるのを待っていた。
やがてタクシーからは同じ様な色のスーツを着た女性が降りてくる。
「そういえば美波ちゃん、ここ初めてだっけ?」
「はい、六高専でしたので」
「ああ、そっか名古屋だったね」
「司さんは一高専でしたよね?」
「そうよ、東京生まれ東京育ち、江戸っ子だぜい」
男は宮城司、そして女の方は向山美波。
二人共、三郷ダンジョンから、ボスが複数ポップする可能性が有るという情報を受けて急遽協会から派遣された探索者協会所属のエージェントだった。
「にしても、三郷のボスなんて二匹や三匹でても問題ねえと思うんだけどなあ」
「そうかもしれませんが、参加する探索者もまだ初心者に毛の生えたような探索者ばかりですのね、佐渡みたいな事故があったら大変じゃないですか」
「佐渡ねえ……」
もう随分昔に成るが、佐渡のダンジョンでボスが大量にポップするという事故が起こったことがある。
ダンジョンはその場所の特性を取り込むという性質があるというが、まさに佐渡ダンジョンでもそういった性質を持ち、金をドロップする魔物が出現した。金を求めた探索者が大量に佐渡に押しかけ、ダンジョン時代のゴールドラッシュと言われるような状態になった。
佐渡はそれなりのグレードのダンジョンで、当然ボスの強さもかなりの物だった。それが突然数体出現し、日本で最悪のダンジョン事故につながった。
それ以来、探索者協会の中でも大量のノーマルモンスターを倒すことでボスの出現数が変わるのではないかという仮説は実際にあった。
それでも二人には、初級ダンジョンのボスがいくら現れても、そんな問題にはならないであろうという感覚は持っていたのだが……。
「まあそうなんだけどね、でも連絡が遅いよ。もう遅いんじゃね?」
「その時はその時です。動いた事実があれば協会が後ろ指をさされることはアリませんので」
「ほぇ~」
「な、なんです?」
「いやあ、美波ちゃん若いのに妙に分別の有る見方するなあと」
「……そんなことないですよ」
二人が話しながら建屋に向かって歩いていると、前からカップルっぽい男女のペアが歩いてくる。司は、なんとなくその二人、いや。男のほうが気になって足を止めた。
「なあ、兄ちゃん。もうボスってポップしたかい?」
「え? いやあ。僕ら良くわからないっす」
「ダンジョンから出てきたんじゃないの?」
「そうなんですけどね。キャンプに行くのに火の魔石を集めようとしに来たんすけどね。なんかボスが出るって言われたんで、帰るところっすよ」
「ん~。そうか。あんがとね~。ちょっと見てくるわ」
「うっす。気をつけて」
そのまま二人は外へと歩いていく。しばらく歩いたところで、不思議そうな顔で美波が尋ねる。
「どうしました?」
「ん~? いやあね……。ちょっと」
「ちょっと?」
「うん。あの子、結構強そうだよね。あ、振り向かないで、まだ意識向けてるっぽい」
「え? ……どういうことです?」
「ま、今日は三郷ダンジョンでボス事故が起こらないかのチェックが仕事だしな」
「そうですけど……。そうですね」
「うんうん。変な厄介事に首を突っ込まないのも社会人の大事なテクニックよ」
「ふふふ。覚えておきますね」
「おう。大事だから」
二人はそのまま建屋の中へと入っていった。
1章了
※ここまで読んでいただきありがとうございます。
なんか、めっちゃ楽しそうな話思いついて、でも、異世界と現代との割合とか難しくて苦労をしながらもとりあえず1章分書けました。
この作品、カクヨムコンへ挑戦するつもりです。
カクヨムコンの選定基準に☆の数も参考にされると聞きます。
出来れば、評価などいただけたら嬉しいです。
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