第33話

 ダンジョン内も普段の三郷ダンジョンとは大違いだった。

 いつもの老人たちの姿は見え無い。


 ダンジョンの外に、探索者達のパーティーが居たが、その多くは若者だ。三郷ダンジョンの職員の人に聞いたところ、探索者と言ってもほとんどが駆け出しの探索者達で、ポイントを貰えると言ってもある程度ランクが上がると、もうここには来ないという。


 良くわからないが、上のランクに成るとポイントとしての旨味が減るのだろう。若者も、瑠華のような高専の学生も居れば、専門学校で資格を取った探索者もいる。


 俺が高専で働いているため、感覚的にズレてしまいそうになるが、実は探索者の多くは高専でなく専門学校などで探索者免許を取る。

 高専などは、受け入れられる生徒数から考えても選ばれたエリートだけしか入れないような物と考えても良い。


 探索者専門学校はダンジョンでの死亡率を下げるための基本的な知識を覚えさせるための物で、通常一年で免許を取得できる。それで卒業になる学校も有るが、多くはその後プロ探索者の養成の為に実際のダンジョンで実地訓練を一年受け、卒業という二年制になっているものが多い。


 高専も二年になれば学内ダンジョンでの実習も行うように成るため、二年進級時に探索者免許は得られる。ただ、高専の場合は優遇的な立場でも有り、卒業時に探索者ランクのポイントをかなり多く貰えるらしい。それこそ数年命をかけて登るランクを飛び級で上がれると言った感じだ。

 そのため免許がもらえて直ぐにサヨナラ、といった事は少ないようだ。




 扇形に広がるダンジョン内では、もうすでにいい場所を取ろうと、場所取り感覚で中にはいっている探索者もいた。


 ま、だが今はそんな事は良い。

 せっかく空いているダンジョンなんだ。一稼ぎさせてもらう。


 俺は特殊警棒をシュピンと伸ばすと、火の玉を求めて走り出した。



 ……。


 ……。


 流石にこういう日は魔石の集まりが良い。1時間半ほど止まること無く走り続ける。もうすでにこれくらいでも多少息が荒くなるくらいだ。


 高台で足を止めて周りを見回すと、なんとなく少しづつ探索者の姿が増えてきているようだ。そろそろボスが出てくる時間なのだろうか。


 ボスのドロップは時間で分かっている訳じゃない。ボスが発生する時のダンジョン内の魔力濃度の高まり等で予測できるというだけだ。

 ここのダンジョンも数ヶ月に一度、ボスがドロップするのだ。何年もの間にデーターを集めれば、ほぼ正確に時間は予測できるようになるのだろう。


「いやあ、兄さん凄いね。ソロなのか?」


 そろそろダンジョンから出たほうが良いのか? と考えていると後ろから若い探索者から声をかけられた。おそらく他の探索者達と違い、一人でここにいると言うのが気になったのだろう。


「え? まあ、そうっすね。ソロですよ」

「最近はソロ探索は珍しいよね。普段はパーティー活動してるの? 初期ダンジョンだからたまたまソロで来てる感じ?」

「パーティーは入ってないっすよ」

「おお、マジモンのソロ探索者かあ。さっきから見てたけど確かに動きも早いしソロ向きなのかもな。加納大地を彷彿とする動きだったぜ」

「ははは。それは言い過ぎっすよ」


 加納大地。もう年齢的に現役とは言えないが、日本が誇るS級冒険者の一人だ。ダンジョンが世界に発生し始めた初期はソロ探索者が多く活躍していた時代があった。その時代を生き残った猛者である。


 ただ、現在ではやはりソロ探索者の事故率も高く、よりダンジョンの深部へ潜るために自然に探索者はパーティーを組んで複数で行うことが一般的になってきてる。


 一人で走り回っていたのはだいぶ目立ってしまったのかもしれないな


 若者は色々と質問をしたそうな雰囲気だったが、たいして答えられるものでもない。俺はいそいそとその場を離れゲートへ向かう。


 すると前から見覚えのある一団がこちらに向かってきた。マジでタイミングが悪いぜ。


 ズィークだ。


「なんだって、用務員がこんな所にいるんだ?」

「……」


 先頭を歩いてくる海斗は俺の顔を見ると、大げさに驚いたような態度を取る。さっき外で俺が瑠華と話していたのを見ていたはずなのにだ。

 面倒くさい相手だが、今日の俺はプライベートだ。用務員の仕事をしているわけでもない。聞こえなかったふりをしてゲートへ向かう。


 ――げっ。


 歩きながらチラッと視線を向ければ、海斗の後ろで瑠華が嫌そうな顔で海斗を睨みつける。これは明らかに何か言い始めそうだ。


 パーティー内での揉め事はあまり良いことじゃない。ダンジョン内ではあまり犯罪的な証拠も残りにくく、事故の原因に成るという話だってよく聞く。俺は慌てて海斗に答えることにした。



「資格が無くても、初級ダンジョンは入って良いからな?」

「そんな事を聞いてるんじゃねえよ」

「ん? 何が言いたい? 分からねえって」

「ふぅ……。本当に馬鹿だなあ。用務員ってやつはよ」

「……悪かったな」


 分からねえ訳はない。無資格者を下に見るこいつは、資格のない俺がダンジョンに入っている事、それだけが気に入らないんだ。

 そもそもが初級ダンジョンがどうのこうのという次元の話じゃないんだろう。


「ちょっと海斗君。そんな言い方しなくても……」


 やっぱり失敗だったか。このやり取りで瑠華が不満げに海斗に訴える。


「瑠華。分かってるのか? 俺達は高専生だぞ?」

「だから何よ。高専だからって偉いわけじゃないでしょ?」

「おいおい……。本気で言ってるのか? 周りを見てみろ。専門の奴らもいる。だが全く警戒するような気配すらない。わかるか? 違うんだよ俺達は」

「強さと偉さは別でしょ?」

「別じゃねえよ。データが出てるだろ?」

「何のデータよ」

「俺達探索者協会の会員が払っている税金は、日本の税収の四割にも及ぶんだぞ? 消費税が無くなったのは俺達のおかげだ。そしてベーシックインカムの財源も探索者が居ないと成り立たない。その探索者達の払う税金の八割が高専出身者だ。わかるか?」

「お、お金じゃないでしょ」

「……瑠華は少し立場を知ったほうがいい」


 おそらく海斗だけじゃないんだろう。他の二人の生徒もその通りだと言いたげにウンウンと頷いて聞いている。

 言い返せない瑠華は、言葉をつまらせる。


 くっそ。


 そんな姿を見ちまったら、俺も黙っていられない。


「とはいえ、お前らだってまだ学生だろ? その探索者様達のお金で経営している学校で勉強中のひよこだ」

「……あ?」

「俺は、プライベートな時間を過ごしている一般人だぜ? 何をしてても文句を言われる筋合いはねえよ」

「本気で言ってるのか?」

「ふう……。俺もボスダービーに参加すっかな」


 ジリジリとする空気感のなか、俺は海斗に笑いかけた。

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