第24話 格技室で
午前中は何とかなるが、昼飯を食べた後に眠気がマックスに膨れ上がる。
俺はフラフラと第三格技室へ向かっていた。基本的に先生も生徒も授業で使った用具を片付けることはしない。授業終わりに次のクラスの授業の為に準備をするのも俺達の仕事だ。
入り口脇で授業の終わりを待つ。チャイムが鳴ると一斉に生徒たちが出てくる。
生徒の流れが終わると俺はそのまま格技室の中に入る。床に転がっていたペットボトルや、ガムの包み紙などを拾って分別しながらゴミ袋に突っ込んでいると、ふと声を掛けられた。
「おい」
「……」
「おい、聞こえねえのか」
「……あ。俺っすか?」
「他に誰がいるんだよ」
振り返ると入り口に三人の男子生徒が立っていた。そして不機嫌そうな顔で俺をにらみつけている。
顔を見れば二人は覚えている。一人は入学式で少しだけ会話をした男だ。確か溝口海斗とか言う名前だった。そしてもう一人の男は会話こそしたことは無いが知っている。二人とも瑠華と同じパーティーのメンバーだった。
何か用事があるようだが、俺は俺で仕事中だ。なんてったって昼休みの十分の間に次の授業の為にかたずけをしないと、教師陣から嫌味を言われる。
俺は、返事をしながらも手を止めずに引かれたマットを隅の方へ運ぶ。
「なんすか?」
「おい。俺が話しかけてるんだ。手を止めろ」
「次の授業の用意をしないといけないんすよ」
「そんなのはどうでも良い」
「どうでもいいって。俺が怒られちゃうんですよ? 大丈夫っすよ。聞いていますから。なんか言ってくださいよ」
ほんと。こっちは仕事なんだ。生徒としてお客様扱いされている立場とは違う。
俺はあくまでも仕事を続けながら、話があれば耳は向けてやるといった立場で対応しようとす――。
するとズカズカと俺に向かう足音が聞こえる。嫌な予感がして振り向いた瞬間目の前に拳があった。
ガツッ。
避ける間もなく、俺は頬を殴られ床に転がる。
殴った側としては自分の方に顔を向かせるのが目的で、思い切り殴ったわけでは無いのだろう。そこまでの痛みはない。
「な、何んだよ」
「お前、土曜何をしてた?」
「は?」
「土曜。何をしていたと聞いてる」
「土曜?」
俺を殴ったのは……。海斗ともう一人の瑠華のパーティーメンバーのやつだ。全く何を言いたいのか分からないが、男はそんな俺の事情など無視して、質問を重ねる。
土曜……。怒涛の週末だったが。異世界に行っていたのは日曜だ。土曜は……。買い物をしていた。……もしかしたら、俺が無資格者の分際でダンジョンショップで買い物をしていたのを見たということか。
俺は一気に警戒モードになり、なんとかごまかそうとする。
「か、買い物だよ」
「何を買った?」
「いや、その……」
げ……。やばい。やはりダンジョンショップで、瑠華のライセンスで安く買っていたところを見られていたのか?
これってバレたらどれだけヤバいんだ? えっと。ダンジョンショップでの学割は公的な補助だ。それを準公務員の俺がやっちまったのがバレたが……。クビに。なるのか?
えっと。減俸くらいか?
俺は焦って必死にごまかそうとする。
「い、いや。そのだな。違うんだ。瑠華が……」
「瑠華……だと? お前よびすてか?」
「え? あ、いや。瑠華ちゃん」
「ちゃん?」
「……えっと?」
明らかに目の前の男がおかしい。目を血走らせ怒りを全身から溢れさせている。
「そ、そんな怒らなくてもいいだろ?」
「てめえ……。無資格者のクセに生意気だぞ」
「い、一回だけ。一回だけだ」
「いっ一回だと? きっ。貴様っ!!!」
な、何だよ。
訳わからねえが、男は完全にキレている。ゲンコツを握りしめた右腕を大きく持ち上げる。俺は思わず目を閉じて両手をクロスさせるように持ち上げる。
……が。何も来ない。
恐る恐る目を開けると、海斗が、男の右腕を掴んでいた。
「由樹! 気をつけろ」
「止めるな海斗!」
「ダンジョンでレベルを上げてる俺達が思いっきりコイツを殴れば、死ぬぞ?」
「死んだって良い。用務員の一人や二人、揉み消せるだろ」
「おおい! やめろ由樹」
「落ち着けっ。由樹」
「そうだ落ち着け、由樹!」←俺
なんか知らねえけど、超憤慨されている。由樹はそんな不正を許せないような正義感あふれるやつなのか。それなら俺にだって温情を分けてくれそうだが。
……俺が言うべきじゃなかった。
三人が俺の方を見て声を揃える。
「お前が言うな!」
「ははは……」
しまった、三人共に顔に浮かぶ怒りレベルが上がってる。
「そんな怒らなくても良いじゃねえか」
「まだ言うか!」
だめだ、用務員が学割で武器を買ったことが、有資格者にはどうしても許せないことのようだ。
「由樹、顔はやめておけ、骨折くらいなら問題ない」
「問題なくねえよ!」
「お前ら用務員がそんな事を考えただけでも許せん」
「だってよ、男だぜ? 欲しいじゃねえか」
「ま、ま、まだ言うか!」
俺の言葉に由樹が顔を真赤にする。もう目がヤバい。座ってやがる。
「てめえ……覚悟しろよ」
俺はもう、ひたすら亀になるしかなかった。ダンジョンでレベルを上げた探索者の力は俺達無資格者と比べ物にならない所まで上がっていく。まだ二年でそこまで経験のない彼らでも、一般人とは違う。
ドスンと、俺の脇腹に蹴りが食い込む。それも一発、二発と続けてだ。
ぐ、ぐ……。確かに有資格者が力いっぱいに攻撃すればひとたまりも無いだろう。おそらくある程度加減をしているのだろうが……。あれ?
うん。そんなに痛くねえな。痛いことは痛いが、耐えられないわけじゃない。
てことは痛いんだ。不快な痛みはある。ここは哀れみを感じさせて手を止めてもらうしかない。
「ぐぁああ。ごめん! 悪い! 死んじゃう!」
「こんなんで死ぬかっ!」
……でも、せいぜい痛がっていたほうが男の溜飲も下がるってもんだろう。俺は必死に苦しがり、痛がり、許しを請う。
ある程度蹴り続けて、ようやく落ち着いたのだろう。蹴りの雨がようやくやむ。それでも俺は亀になったままじっと耐える。
くっそ……。次の授業始まっちゃうじゃねえか。
「ぺっ」
何かが俺の上に落ちる。ああ……。唾か。これは痛くない。気持ち悪いだけだ。
「許さねえからな……」
おいおいおい。ここまでしたんだ。許して欲しいところだ。学校側に黙っていてくれると助かるのだが……。
俺がそっと顔を上げると、二人の男が出口に向かって歩いているのが見えた。これで終わりかとホッとした瞬間。横で海斗がじっと俺を睨みつけていた。
「あ……」
「由樹はな、一年の頃からずっと、瑠華が好きだったんだ」
「……は?」
「それを無資格者……。よりによって用務員に手を付けられたとか……。瑠華も何を考えてるんだ……」
「はい? 瑠華ちゃんに手を付ける? いやいやいやいや」
「何を言ってる」
「何もしてないって! ただ……えっと……」
「ただ何だ?」
「日曜に三郷ダンジョンに行くのに、簡単な装備をゆずってもらっただけだよっ」
そう、瑠華が買った特殊警棒を、たまたま譲ってもらった、それだけだ。
俺の声が聞こえたのだろう、ちょっと驚いた顔で由樹がこっちを向いていた。
マジかよ、俺のインチキの話じゃなかったのか。俺は思わずホッとして言葉をつなげる。
「全然、そんなんじゃねえからっ。ほら、中学の同級生だし。俺達。そんだけだよ」
たぶん由樹はちょっとだけ顔が緩んだように思えた。よし、問題なかった……。そう思った瞬間に俺は壁に向かって吹っ飛ぶ。
「うがっ……」
「用務員が生徒に向かってタメ口使うんじゃねえよ」
マジかよ……。一番痛いのが来た。
「げほっ。げほっ……」
完全に不意を疲れた。蹴りの当たる瞬間に必死に腹筋を固めたが、それでもあまりの衝撃に呼吸が止まる。必死に喘ぎ空気を求める。
「海斗、次の授業が始まるぜ」
「……ああ」
ようやく呼吸が戻った時には、格技室には俺が一人残されていた。そして格技室の外ではガヤガヤと次の授業のためにやってくる生徒の声が聞こえている。
「おいおい、まだ片付いていねえじゃねえか」
「すいません。すぐ片付けますんで……」
次の生徒たちは俺がどういう状態かなんてまるで気にしていない。そしてそれを説明するほど馬鹿じゃない。
痛む腹を抑えながら、俺は急いで片付けを始めた。
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