第14話 三郷ダンジョン
次の日、俺は買ったばかりの警棒を持って一般向けのダンジョンへ向かう。
昨日瑠華と話して、戦う練習でダンジョンへ行くことを思いついたのだが。思いついたらもう行きたくてたまらないモードに入っていた。帰宅してからスマホでひたすら低級ダンジョンの情報を集めまくった。
その結果、今日は三郷ダンジョンへ行くことに決定する。
最も近場にある、無資格者の入れるような低級ダンジョンだ。
うちの学校の最寄り駅は綾瀬になる。電車に乗って北千住まで行って、そこで乗り換えて三郷中央を目指す。時間もそんなかからない。
ダンジョン発生時には当然、その近隣の住宅も影響を受ける。ゲートサージと言われるような、ゲートから魔物があふれるといった、事故も無いわけではない。
そのためこういったダンジョン周辺は、国や自治体が買い取り、周りを特殊なフェンスで覆っている。
とは言っても、無資格者も入れる低級なダンジョンだ。隔離範囲もそこまで大きくなく、施設の規模も小さい。その隔離された敷地もちょっとした街角の公園のように一般に開放されているレベルだ。
駅から歩いて数分で俺は三郷ダンジョンへたどり着く。敷地の入口には『埼玉県立 三郷ダンジョン』とある。
中を覗くと、コンクリートで出来た建物が見えた。その中にゲートがあるのだが、建物の入口は敷地のゲートの反対側にある。こうやって、ゲートサージなどが起きた場合の魔物の動線を長くして、少しでも時間を稼げるような設計になっているのらしいが……。
ネットで調べると、いちいち反対側に回ってから入っていくのは面倒だという書き込みも多い。
面食らったのは、ダンジョンの敷地内は、至って和やかな雰囲気にあふれているのだ。建物の周りの芝生では、多くの老人が体をほぐしたりと、ダンジョンへ入る前の準備運動などしている。
そんな老人たちの前では、ガイドと思われる青年が準備運動の号令を出したりしている。あたりを見回すと、大抵がそういったインストラクター付きのグループでダンジョン内へ入っていっているようだ。
健康増進のためにここに来る人が多いと聞いていたが、なるほどこういうことなのか。いささかシュールな光景を横目に、俺はそっと建物の入口側に回り込む。
「ちわっす。初めてなんだけど、どうすればいいっすか?」
「えっと、無資格者の方でよろしいですか?」
「はいはい。無資格ですよ」
「それでしたら、まずこちらで鑑札を購入していただきます。えっとマイナンバーはありますか?」
「スマホで良いっすか?」
「大丈夫です……」
有資格者はその探索者ランクによって入れるダンジョンが制限されるが、基本的にはどのダンジョンも無料で入れる。しかし俺のような無資格者はお金を払う必要があるのだ。
鑑札は、一ヶ月有効なもの、三ヶ月有効なもの半年有効なもの、の三種類あるようだ。期間が長いほど割安にはなるのだが、昨日だいぶ散財してしまったため、とりあえず一ヶ月の鑑札を購入した。
あとは鑑札購入時に、事故が起こる可能性や、救出が行われない場合もあるなどと、危険性に関する同意書にサインをすれば手続きは完了だ。
ダンジョン建屋のエントランスホールには他にも素材の買取所や、ちょっとした駅の売店くらいのショップが入っており、そこで探索に必要な道具などを売っている。そして正面の中心部には分厚いコンクリートの壁がそびえる。
このゲート建屋の構造も、この敷地と同じように入り口を反対側にしてイザというときの為に動線を長くとっている。つまり、ゲートは反対側に回り込む感じだ。
ちょうどその時、引率者に率いられた1団が先にゲートに向かっていったので、俺はそれを見送ってからゲートへ向かう。
「順番にお願いしまーす」
ゲートでは引率の人が先に中にはいっているのだろう、その後順番に老人たちがゲートをくぐって中に入っていく。
ゲートは本当に簡素な枠だ。そして、その枠の中は水が張っている様に空間が波打っている。そして皆そこに向かって行き、そこを通るとこちらからは姿が見えなくなる。
「すげぇ……」
俺が思わずつぶやくと、集団の一番うしろに居た老人が「おや?」と振り返る。
「初めてかね?」
「え? そうっすね。今日が初めてっす」
「ふむ……。まあ、若いから大丈夫じゃと思うが、気をつけてな」
そう言うと、老人も同じ様にゲートをくぐっていった。
……。
よし、行くか。
俺は一度大きく深呼吸をすると、息を止め、そのままゲートをくぐった。
フォォン
水に飛び込むのと同じだ。ゲートを潜る時に反射的に目を閉じていた俺は、目を開き、辺りを見回す。
……これがダンジョンの中か。
周りを見回してそのなんとも言えない違和感に少し戸惑う。薄暗いダンジョン建屋から野外環境へと移行した違和感もあれば、太陽がないのに明るい空。湿気の全く感じられない風。そして生えている見慣れぬ植物。
振り向けばちゃんとゲートがそこにあるが、周りにはだだっ広い空間が広がっている。岩山や木々があるためにそこまで遠くが見渡せるわけではないのだが、異様に広く感じる。
このダンジョンは、入口を起点に扇形に空間が広がってるらしい。階層などもない。ただ、そのかわりに奥へ行くほど魔物の強さが強くなったり、魔物の数もふえるようだ。
俺は鑑札を購入した時に渡された簡易的な地図を開き、位置などを確認していく。広い空間だが丘や樹木林などが目印となりある程度の地形がわかる。
入り口付近ではあまり魔物は出てこない。俺はとりあえず目の前に見える丘の方面に向かって歩き始めた。
……。
……。
まっすぐに丘を登りきると、その向こうでは数組の人たちが魔物と戦っているのが見えた。俺はなんとなく一組の方に向かって下って行き、横目でどんな感じで魔物と戦っているのかをチェックする。
「増沢さん、盾を、そう。しっかりと!」
「あいよ!」
「富田さんは右から、はい。ちゃんと槍は両手で持ってっ」
「お、おう!」
若い引率者の人が指示を出し、高齢者が魔物と戦っている。
戦っている魔物は『鬼火』と言われる魔物だ。見た感じオレンジ色の火の玉がフワフワと浮いて人間に近づいてくる。それだけの魔物だ。
ただ、ダンジョン情報によると、その火がかなり熱く、消えにくい燃え方をするようで、戦うには盾を持った前衛が必須になってくるとある。
ネットの情報と同じ様に、タンカーが火の玉を受け止め、弾いた所を横から槍で付き刺しているようだ。
他のグループもおおよそ同じだ。武器が槍でなく剣を使っている所もあるが、利用者を守るためにも盾は必須なんだろう。
……ま、盾はねえけど、俺は若えしな。
俺はカバンから昨日購入した警棒を取り出し、シュパンと伸ばす。そのまま奥へと進んでいくと、ようやくフラフラと漂う鬼火を見つけた。
その鬼火も俺を認識したようだ、そのままフラフラとこちらへと向かってくる。
それにしてもゆっくりだ。戦うという感覚すら覚えない。俺はフラフラとやってきた鬼火へ向かって警棒を振る。
シュパン!
鬼火は火の中心にコアのようなものがあるらしい。俺の一振りでそのコアが吹き飛ぶ。コアが破壊された鬼火は燃料が切れたようにスッと火が消える。そしてなにか砂粒のようなものがその場に落ちる。
……これだけ?
あまりのあっけなさに拍子抜けしながら、落ちた粒を探す。いわゆる魔石と呼ばれるものだが、鬼火の場合あまりにもモンスターとしてのグレードが低いためドロップする魔石も砂粒のようなものだ。
荒れた地面に落ちたそれを必死に探すと、なんとか見つかる。魔石は赤いガラス玉の様な物だ。大きさは二ミリから三ミリ程度か。この赤色は属性を示しており、鬼火というだけあり火の属性を持ったモンスターということだ。
魔石は属性によって買取値段に差が出る。火属性は割といい値段になるのだが、このサイズの魔石だとほとんど関係ないだろう。
俺はそれを用意したチャック付きのビニールにしまうとそれをポケットに突っ込む。
こんなんじゃ戦闘のトレーニングにならない。奥に行けばもう一段強い鬼火が居ると書いてあるが、もう少しまともだと良いのだが。
そんな俺の様子を見ていた一人の案内人が俺に声をかけてきた。
「あれ? 探索者さんですよね?」
「え?」
「来月ですよ、ボスがポップするの」
「あ……。まだ、でした?」
「はい。ちょっと早かったですね」
「ははは……。でもまあ、せっかくですので奥を見てみますよ」
「そうですね、気をつけてください」
「ありがとうございます」
うーん。俺のスイングを見て、有資格者だと思ったのだろうか。まあ、俺は異世界で身体能力が底上げされているから、多分一般人の振りよりだいぶ早いんだろうが。
色々と説明するのも面倒なので、そのまま話を合わせる。
俺は、更にダンジョンの奥の方へ向かう。
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