ニシノドコマデモ

秋乃晃

ハネムーンはクライデ大陸へ

「ここ、どこ……?」


 目を覚ましたら、知らない場所にいた。ついさっきまで、俺は自室のベッドで寝ていたはずなのに。俺の向かいにはモアがいて「クライデ大陸だぞ!」と答えてくれた。


 大陸を増やすな。


「ユーラシア、アフリカ、北アメリカ、南アメリカ、オーストラリア、南極……」

「?」

「地球上にあるはこの六つだろ」


 新しい大陸が発見されたのなら、それはそれは大きなニュースになっているだろう。


「そうなのか! では、ここは地球ではないのだな」


 どうやらここは、その『クライデ大陸』とやらのファミリーレストランのような場所らしい。


 なんだか賑わっていて、どのテーブルにも客――見た目は地球人にしか見えないな――が座っていた。テーブルとテーブルの間の通路を歩き回るメイド服の女性たちも、俺の目には人間に見える。


 メイド服の女性(おそらくウェイトレス……じゃあないかな?)が「おまっとーさんでしたー」と皿に盛られたスパゲティのようなものを持ってきた。山盛りだ。頂点と中腹にはピンポン玉サイズのミートボールが乗っている。テーブルの上に皿を置いてから、さらに粉チーズとタバスコまで置いて「ごゆっくりどうぞー」とその女性は離れていった。


「いただきまーす!」

「状況を説明してくれ」


 その右手にフォークを握ったモアが、さっそくスパゲティを食べ始めようとするから、俺は制止した。


「なんで俺たちはクライデ大陸にいるの?」


 俺の質問は至極真っ当なものなのに、モアがちょっとムッとしたような顔をした。おそらくは、食事を邪魔されたからだろう。


 モアは『ものすごく遠い星』(※本人談。正式名称は不明)から地球を侵略しに来た宇宙人で、現在はモデルの十文字じゅうもんじれいさんの姿をしている。本来の姿がどうなのかは知らないし知るつもりはないけど。


 一般のお仕事をされている方々よりは可愛い、と思う。その優れた容姿を武器にしている職業の人をモデルにしているのだから当たり前といえば当たり前か。


 そんな姿に不釣り合いなほどよく食べる。細い肉体のどこに収まっているのかわからない。きっとこの山盛りスパゲティは、一人で食べ切るだろう。そもそも人間じゃあないから、人間の肉体には存在しない器官を内蔵しているのかもしれないな。


「ハネムーンだぞ!」


 言葉の意味がわからなくて「は?」と聞き返す。……わかるっちゃわかるよ。新婚旅行ね。けれども『理解する』と『納得する』って違うじゃん。


「いや、いつ結婚したんだよ」


 モアはフォークを置くと、左手をかざし、甲の部分を俺に見せつけてきた。


「タクミが我にプレゼントしたのだぞ。覚えていないのか?」


 ――そんな大事だいじなこと、忘れるか? 普通。


 俺は人生の中で一、二を争うぐらいには一生懸命に思い出そうとした。昨晩のこと。昨晩じゃあないかもしれない。一晩明けて知らない大陸に旅行しにいくようなこと……まあ、モアならあり得るか……。


「記憶にない……」

「ふむ」

「贈り主、本当に俺?」

「我にこのようなものを贈る人間は、タクミ以外にはいないぞ」


 いるかもしれないじゃん。たとえば、十文字零さんの熱烈なファンが間違えたとかさ。惨事じゃん、それ。


 指輪を右の人差し指で擦りながら、モアは「これはタクミから我への愛の証であろう?」と続ける。うん、まあ、一般的には、そう。


 身に覚えがないから、怖い。


「お待たせしましたぁん! サナエスペシャル、アニバーサリーなケーキでござーい!」


 ホラーな空気をぶち破るように、なんだか陽気なおねえさんがホールケーキを持ってきた。手のひらの上で、浮いている。ケーキが。おねえさんは両手に指ぬきグローブをつけているけども、それに何か仕掛けがあるのか?


「他のお客様もご一緒に! お二人の門出を祝しましょー!」


 大事おおごとになってきたな?

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