第45話王様と伯爵

 伯爵は苦々しい表情でレゼルに、

「賊を追い払ったこと感謝いたします」と感謝していなさそうに言った。

「いえいえ。ところで、ご子息か妻がエマに直接、あなたが閑職に回されたことをなんとかしてくれと訴えようとしたのを、あなたが偶然知り、あなたがエマに会いに行き、思わず殴ったというところだろうか?」


トリステンの顔を見る限り図星のようだった。

「身内の問題を陛下に言う必要はありません」

「まぁ、そうであるが、でも、言いたいことがあって立ち寄った」

「夜も遅いから、手身近にお願いしたい」

「良かった。男爵家を潰したところで、お前の父が母親に暴力を振るって、違う男に寝取られた過去は消えないし、その母親が寝取った男の子どもを生んだ過去も消えないし、お前の父が人前で平気で女に暴力を振るう粗暴な男だと人々から嘲笑われていた過去も消えないし、お前の母親のお前を愛する気持ちは手に入らない」


伯爵は顔を真赤にして、立ち上がり、

「貴様に! 貴様に何がわかる!?」

「あなたのように、私怨で国全体に迷惑をかけ、憎い女(継母)の娘というだけの無関係のエマを平気で殴る者の気持ちなどわかるはずがあるまい」

 レゼルは笑顔で言った。その笑みは明らかに伯爵を蔑んでいた。


 伯爵は我を忘れて、レゼルに飛びかかろうとしたのをトレステンが押さえつけて止めた。


 レゼルは立ち上がり、

「戻ろう」

 エマとレオンはレゼルに続く。

 伯爵がエマに、

「売女の! 売女の娘の分際で」


レゼルが、

「エマの母親はとある貴族家の出身で売女ではない。だから、エマ、真に受けないように」

「わかりました」

 エマは伯爵を哀れなものを見るような目で見ている。

 レオンは面倒くさいものを見るような目で見ている。

 こじれた人間は見苦しいが、こじれた中年はさらに見苦しさが増していた。


 後を追いかけてきたトレステンが、

「陛下、父の不敬をお許しください」

「許そう」

「感謝いたします」

 レゼルは興味ないように、早く終わらせたいために許そうと一言で済ませたようだ。


 屋敷を出ると、豪華な馬車が止まっていた。王室の紋章が描かれている。

「みんな、帰ろうか」

 レオンは準備がいいなと思ったが、ヘムはどうするんだと思った。このまま捕まるのだろうか。


 レオンがエマを小突いて、ヘムを指さした。

 エマがレオンの耳元に小声で、

「大丈夫よ。色々あったから、ヘムさんのこと忘れてるわよ。何事もなかったかのように振る舞って、隙を見て魔法で村に帰って、それから考えましょう」


 馬車に乗ってからシエルが、

「ちなみに、その男のことは忘れてなどいませんよ。それで、私がいる限り、あなた方が付け入る隙を見せはしません。地獄耳など思わないでくださいね。聴覚増幅の魔法は諜報部の基本です」

 レゼルも、

「まだ覚えてるよ。隙を見せられても使いを村へ向けるから問題ないよ。でもさ、いいよ。許すよ。僕は伯爵が死ぬ前に、あーだらこーたら言いたかっただけだから、あとは好きにしていいよ。ちなみに、シエルから念話魔法で聞いたんだ。だから、地獄耳ではないよ」

「感謝いたします」

 ヘムが頭を下げた。


 レゼルが、

「でさ、なんで暗殺者やってたの? 興味あるな」

「生活が苦しくて……。軍時代のことが評価されてスカウトされたんです」

「そうか。諜報系だったの?」

「そういうわけではありませんが、物をコントロールする能力を生かして遠距離からの投擲攻撃が得意なだけで……」

「ふーん。諜報が得意なら雇おうかなって思ってたんだけど」

「陛下」

 シエルが厳しい声で言った。


「まぁ、機密情報とかも扱う部隊に見ず知らずの人間を入れる訳にはいかないか」

「その通りですが、先程の戦いを見る限り、物質のコントロール能力は高く、魅力的ではあります。味方の被害を抑えつつ、魔物を撃破できるかもしれません」

「そうだね。そういうわけだから、やっぱりちょっと僕に雇われてよ」


 ヘムが、

「しかし、私はかつての敵国の人間」

「まぁ、そうなんだけどさ、先の戦争で僕たちもダメージが大きくてね。ちょっと人手不足なんだよ。戦争ばっかりしてたせいか魔物も増えちゃって、冒険者も軍も忙しいんだ」


 ヘムがレオンを見た。

 レオンは、

「好きにしろよ。俺みたいな奴隷じゃないっぽいしな」

「奴隷ではないよ。むしろ仲間だよ。僕も伯爵は邪魔なんだ。邪魔して申し訳なかったと少しくらい思ってるよ。犯人が誰なのかは気になるけど、犯人候補が多すぎて、探すのが面倒くさいし、国内がまたそれでゴタゴタするのは困るんだ」


エマがヘムとレゼルを交互に見て、

「ヘムさん。レゼルのところでお世話になるといいわ。きっと本当に人手不足なのだろうし」

「本当に人がちょっと足りないんだ」


 こうして一同は城へと戻った。

 城へ戻ると、神父のジジイが、レオンに、

「待ちくたびれたぞ! ワシは帰り支度はとっくに済んでおるのじゃ。奥方は人が良いから、連れ回したんじゃろ! 厄介事に巻き込まれたらどうするんじゃ! いけぬぞ!」

「村に帰るのが遅くなったのも厄介事に巻き込まれたのも全部オメーのせいだよ!」

 これにて本当に何もないしょぼい村への帰宅である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る