第44話伯爵暗殺の阻止

 貴族の邸宅が並ぶ高級住宅地の中に、伯爵の家もある。そして、家の裏側から侵入を試みる男・ヘムがいた。

 レオンはいてくれないほうが良かったと思ったが、いてしまったものはしょうがないとヘムの前へ降り立った。


「悪いな、ヘム。俺はお前を止めることにする」

「主人に命令でもされたか。実の兄を守れって」

「どうだろうな」

 レオンは苦笑いを浮かべた。


 最初に仕掛けたのはヘムだった。

 細いナイフを素早く投げつける。レオンは避けるが、魔法で操れるので、追いかけてくる。


 昔からヘムは魔法で物を自在に操る能力に優れていた。

 レオンはそれらをかわしながら、ヘムに近づこうとするが、ヘムは巧みに距離を取る。


 レオンは、右手をひらひらさせて、片手剣を魔法で出現させるとつ呟いた。

「風刃」

 瞬間、風の刃がヘムに襲いかかり、細いナイフたちは吹き飛ばされるが、ヘムも避ける。


 ヘムは魔力で作った刃を使って、再度、遠距離から投擲攻撃を仕掛ける。近距離戦になったら、レオンには勝てないことを知っているため、できるだけ距離を取ろうとする。


 レオンは逃げられないように距離を詰めようとする。ヘムにまかれてしまい、隠れた場所から攻撃されるのはたまらない。

 一番いいのは、ヘムが逃げ切ることで、王都からも逃げ切ることで、王国の外へと逃げることだ。


 そのように手配したいのは山々だが、レゼルとエマがこの付近にいる。特に、レゼルが厄介なのだ。


 諜報部を動かせるのだから。

 ヘムは同級生だったのだ。城で一緒に小姓をしたこともある。悪いやつじゃない。


 このまま夜明けまでグダグダしたくもない。

 レオンは内心で頭を抱えていると、伯爵の家の窓が全て割れた。

「ぎゃぁ!」とヘムが悲鳴を上げ、倒れ込んだ。

 駆け寄ると、高度な拘束魔術で見事に拘束されている。


「どいつだよ、こんな……」

「彼女だよ。ちなみに、窓を割ったのも彼女だよ。命令したのは僕だけどさ」

 背後からレゼルの声がした。


 見ると、レゼルの横に10代後半の若い女がいた。黒髪のおかっぱ頭だ。ちなみに、エマはその後ろに立っている。

「諜報部のNo.2で、シエルという。移動中に通信球で呼んだよ」

 シエルは丁寧にも、

「はじめまして。なぜか見た目10代に見られますが、アラフォーです。あなたより年上です。きちんと敬ってください。お酒も飲めます」

「ハハ。僕は彼女のキャラクターを大事にするために、仕事上ではりんごジュースとハートの形をしたオムライスが好きっていう設定を強要してるんだよ」

 レゼルは笑って言っている。


 エマはそんなやり取りを無視して、ヘムの前に出て、

「あの……暗殺をやめてもらえないでしょうか」

「ご夫人。体が動かないので、暗殺なんてもうできませんよ」

 ヘムはなんとか肩をすくめながら言った。

「陛下。この拘束を外していただけませんか」

「いいよ。でも、もう帰ろうとしてない?」

「え? 帰ってはいけないのですか? 窓も割ってしまったし、見つかったら怒られてしまいますよ」

 怒られるどころの騒ぎではない。捕まるレベルだ。


「エマ。安心していいよ。大丈夫。わざとだから」

「? じゃあ、安心ですね?」

 エマは不思議そうに言った。


 レゼルは伯爵の家を見据え、

「さぁ、ご挨拶代わりに伯爵の家の窓を壊してやったし、かちこもう!」

 レゼルはそう言って、伯爵の家へと歩いていく。

 シエルがヘムの拘束を解き、

「ふざけた真似をしたら、貴様の命は一瞬でないものと思え。お前はこれから陛下の召使いのふりをしろ」

 ヘムは頷いた。もう彼には戦意がないし、他にもなにかの拘束術がかけられているかもしれない。

 それはとにかく、ハート型のオムライスとりんごジュースが好きという設定を強制されているシエルからの殺気がすごい。


 エマが、

「ヘムさん、大丈夫よ。シエルさんはきっといい人よ。だって、りんごの形をしたハートのオムライスジュースが好きなんだもの」

 何だよ、その得体のしれない食い物。

「エマ殿。私が好きなのはウォッカにサラミです。意識がなくなるまで飲んで、目が覚めた時に窓の外と時計を見て、丸一日寝てしまったと後悔しながら、吐瀉物が床に撒き散らされて絶望する時間が何気に好きです」

 単なる酒癖が悪い女じゃねーか。


 先行するレゼルは伯爵の家の玄関を思いっきりノックし、出てきた使用人に対し、

「私はレゼル。この国の王だ。伯爵に支給面会したい」

 一気に真面目な口調で言い出したが、こんな夜に王が来るわけがないと使用人が追い払おうとする。


  至極まともな反応だが、それをわかっているからこそレゼルは声を張り上げた。

「騎士トレステンよ! 我がレゼルの忠実なるしもべであるなら早急に来い!」

 数分もしないうちに、本当に寝間着姿のトレステンがやって来た。

 エマが丁寧に頭を下げたが、こんな丁寧な対応をしたのはエマだけだった。残りは若騎士を覚めためで見つめていた。


 彼の背後には寝間着姿の伯爵が続く。夫人は化粧をしていないから、出てこれないのだろう。

 レゼルは背後の鷲鼻の神経質そうな中年の伯爵に向かって、

「伯爵。あなたは命拾いしましたよ。逃げられてしまいましたが、あなたの家を襲撃しようとした輩がいたんですから」

 トレステンは驚いた顔をし、伯爵は険しい顔を極限まで険しくさせた。


レゼルは言葉を続ける。

「しかし、もうご安心ください。知り合いの家から帰る途中だった私とその配下たちが追い払いましたから。残念ながら、相手も手練れで輩には逃げられてしまいました。しかし、あなたは生きています。それに、丁度いい機会だ。少しあなたと話をしたい」


 伯爵は渋ろうとしたが、レゼルはズカズカと家へと上がり込む。シエルがそれに続く。

 エマは躊躇し、帰ろうとしたが、レゼルが、

「エマ。あなたも来なさい。こんな夜に奴隷と二人で帰らせるのは少々危険だ。王である私の護衛と一緒にいたほうが安心だ」

「はい。陛下。お心遣い感謝します」

 王のレゼルに言われたのなら、逆らうことはできない。


 一同が通されたのは応接間である。

 レゼルはどうぞと言われる前に勝手に座り、

「伯爵も座るといい」

 伯爵の家であるにも関わらず、自分の家のように振る舞う。

 こうして、伯爵と王様の対話の時間が勝手に始まってしまった。


 当たり前だが、エマもレオンもヘムも居心地が悪い。

 伯爵の後ろに立つトレステンも同じく居心地が悪そうだ。

 レオンはなぜだか知らないが、それを見て良かったと思った。

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