第42話 エマの生い立ち

 トレステンが、「父上!」と驚いた声を上げ、中年の男を抑えようとする。

 レオンはエマに駆け寄り、抱き寄せた。意識がない。おそらく気絶だろう。よほど強い力で殴られたのか顔は赤く腫れている。

 中年の女が金切り声で、

「お、おい! ど、奴隷! 王や城の者には決して口外するでないぞ!」と叫んだ。


「俺はお前らの奴隷じゃねーよ!」と叫び返し、エマを抱えあげ、部屋を出た。

 外は土砂降りだったが、構うことなく外に出て、飛行魔法で城へと目指す。

「待ってください!」とトレステンが叫ぶ。やつは飛行魔法が使えないようだった。


 城へ戻ると、門番はエマの腫れ上がった顔を見て驚いて、すぐに医者を部屋に送る手配をしてくれた。

 レオンはトレステンの親父に殴られたと正直に医者に言い、エマは殴られて気絶していると診断された。

 腹にも大きなアザができている。


 医者は軟膏を塗り、自己治癒力を高める魔法をかけて、部屋を出ていった。

 レオンはエマの傍らにいた。自分の部屋に戻っても良かったがなんとなくそうしたかったのだ。


 部屋にレゼルが入ってきて、

「エマが伯爵から殴られたと聞いたよ。災難だったね」

「まぁ、そうっ、ですねー。実の兄に殴られるとは」

 いつもの調子でそうっすねーと良いそうになったが、至急訂正する。相手は王様であり頭がおかしい破壊野郎である。


 レオンはレゼルに、

「なぜ、奥方が実の兄にいきなり殴られたのか全く意味がわかりませんよ」

「アハハ。僕は少しわかるよ」

「なんでですか? いや、奥方のプライベートのことだ。本人に後で聞きますよ」

「多分、本人は分からないよ」

「は?」

 レゼルの言葉に、レオンは驚いた。


「エマは幼少の頃から、ずっと修道院で過ごして外に出たことも、身内の顔を見たこともなかったみたいだ。僕との結婚が決まった時に初めて、身内と顔を合わせたみたいで、詳しい話や実家がどういう家なのかまったくわからないみたいだ」

「へー」

 身内の顔すら見たことがないのは貴族の娘にしても特殊な生い立ちだ。


「僕の部屋で話そう。ワインを飲みながら教えてあげるよ」

 レゼルは立ち上がって、歩き出した。


 レゼルは自分の部屋で赤ワインを仰ぎながら、

「まぁ、よくある話ではあるんだけど、エマは伯爵とは異母兄弟の間柄でさ」

「へー」

「伯爵の母親は夫である前伯爵の暴力に耐えていてね。そこにとある男爵が現れて、駆け落ちしてしまったんだ。人前でも平気で暴力をしていたから、離婚は誰もが支持して成立した。そして、前伯爵は新しい奥さんと再婚をした」

「よくそんな前伯爵の元に嫁ぐ女がいたもんですね」

「まぁね。僕だって理解には苦しむけど、伯爵だからね。嫁ぐ女もいるだろうね。そして、エマが生まれた」


「へー」

「その頃に、前伯爵は死去し、現伯爵に土地や財産が相続されたが、遺産争いで、エマの母と揉めに揉めてね。結局、エマの母は行方不明になった。調べでは屋敷の地下牢にずっと幽閉されていたらしい」

「ひどい話なんですね」

 レオンは相槌を打った。


「生まれて間もないエマは女子修道院へと送られ、育てられた。初めて修道院を出たのは結婚のためらしくて、修道女姿で城に来たのにはびっくりしたよ。自分の苗字も兄の名前すら知らない上に、ダンスやマナーも何もわかってないから、城で急遽教育係を用意して付け焼き刃だけど勉強させたくらいだよ」

 レゼルは笑いながら言った。


 それから、真顔で、

「エマの兄の伯爵は実母を奪った男爵がよほど憎かったらしい。それが、僕とエマが結婚した理由の1つだ」

「どういうことです?」

「最初、僕と結婚の話が持ち上がっていたのが、伯爵の母親と再婚した男爵の娘だったからだよ。つまり、エマの異父妹だね。伯爵はあの手この手の工作で僕とエマの結婚を決めた」


 レゼルは赤いワインを飲んだ。

「王ともなると好きな相手と結婚もできなくて、嫌になるね」

 好きになった女が実姉の男がうんざりしたように言った。

 好きになったのが血縁者だった場合、身分に関係なく結婚できないのだが。


「そして、僕とエマが結婚した後、伯爵は男爵領を潰そうとあれこれやり始めた。それが国内が騒乱直前までいった政争の話でさ。僕とエマは離婚した」

 レゼルはすねるように続けた。

「エマは僕にとっていい友人なのにさ。僕の理解者だったのにさ。僕が力を暴走させても死なないのにさ」

 レオンはこんな男と離婚ができてエマは本当に良かったなと思った。

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