第41話お土産の買い出しと再会

 伯爵の娘として生まれたエマは町を歩いたり店へ行く機会がほとんどなかったため、町が物珍しいらしく、首が常に左右に動いていて前方は一切見ないから危なっかしい。


 先日の処刑騒動でエマの顔は衆目にさらされたが、エマに気づく人間はほぼいない。町にそれだけ多くの人がいるから、そっくりさん程度にしか思われないのかもしれないし、すれ違う程度の人間には皆関心がないのかもしれない。


 市場に着くと、エマは更に色々な商品に目移りしているようだった。様々な前世を経験していても珍しいものもあるのだろう。

 仕方がないので、レオンはエマの腕をつかんだ。

「ガキじゃないんだから、あまり横ばっかり見ないでくださいよ」

「ごめんなさい。町を歩くの初めてなの」


 そういえば、レオンはエマと村に移ってからも、エマは町に出たことがないし、村への引越しの移動で町に寄っても宿屋から出たことがなかった。

 貴族の娘として生まれたから当然のことなのだろう。


 エマは市場で大きな丸いチーズを見て、

「これ良くない? 皆で切り分けて食べるの」

「これ1個じゃ足りないすよ。2個買いましょう」

「でも、運ぶの大変そう」


 エマが言うと、レオンは肉屋に、

「城へガレット・デロワ名義で配達してくれ」

「神父様とかお城の方にご迷惑にならないかしら?」

 エマが心配そうに言うと、トレステンが、

「心配ありません。買ったものを配達させても良いと役人からもそのように言付かっていますので」

「なら、良かったです」

 エマとレオンが次に向かったのは肉屋である。


 生ハムの原木を見たエマは、

「これ、どう?」

「いいんじゃないっすかね」

「ねぇ、白いサラミですって」

「白カビっすね」

 レオンは生ハムと白サラミと香辛料が効いたソーセージを購入した。


 あとは衣類の変わった色の染め粉など田舎では手に入らないものをいくつかお土産として購入した。


 もう日も落ちそうになっていたので、城へ戻ろうとすると、トレステンが、

「レストランへ行きませんか? いいレストランを知っているんです」

「興味ねーな。ねぇ、奥方」

「そうですね。お城でいただきます」

 エマもそう言うので、まっすぐ城へ行こうとしたが、トレステンが、

「とてもおいしいレストランなんです。それに、エマ殿と私は親戚です。話もあります」

「お城で伺います」

 エマは素っ気なく言った。


 レオンはエマはトレステンに対して、かなり警戒しているようだと感じた。実家との折り合いが悪いのは知っていたが、エマは如実にトレステンから距離を置きたがっていた。


 レオンはさっさと城へと歩き出したところで、季節外れの雨が降ってきた。かなり強い。

 ずぶ濡れで城に変える訳にはいかない。


 トレステンが、

「雨宿りをしましょう! 丁度、そこが私の言っていたレストランなのです。個室もあります」

 そう言って、エマの手を半ば無理やり引いてレストランへと入ってしまった。

 

 レオンは舌打ちをして、後へと続いた。

 店に入店すると、トレステンとエマは2階の個室へと向かおうとしていた。従僕であるレオンも続こうとしたが、話しかけてきた男がいた。


 ―よぉ、レオン久しぶりだな。


 テレパシーだ。この魔法を使える人間は多くはない。

 気配を探すと、後方だった。

 金髪で筋肉質。20代後半のはずだが、かなり老けてしまっている。


 ―覚えてるか。ヘムだ。


 覚えている。共に、エマがいた後方の陣を奇襲した仲間だ。


「ここで何してるんだ?」

 ーお前の奴隷魔法、解いてやろうか?


 レオンはヘムから裏稼業の人間の雰囲気を感じ取った。

「俺のことは見なかったことにしてくれ」

 ー俺は今、暗殺者をしている。

「聞かなかったことにする」

 ーいつまで女の奴隷になってるつもりだ?

 ーだとしても、暗殺者になるつもりはない。

 ー残念だ。

 ー次は友人として会いたいものだな。

 ー次の俺のターゲットはあのジジイだ。


 レオンは視線の先を見た。

 身なりの良い貴族の夫妻が2階へと上がっていく。

 後ろ姿しか見えなかったが、男の体の仕草は随分と乱暴で怒りすら感じる。


「俺は主人のもとに戻る」

「残念だよ」

「次あった時は単なる友人として酒でも飲もうぜ」

「わかったよ」

 ヘムは背を向けて歩き出した。


 レオンも従業員にエマとトレステンが入った部屋の場所を聞き、個室へと向かう。


 部屋に入ると、先程の男がエマの顔を殴打し、体を蹴り続けていた。

「やめてください! 父上!」

 トレステンは声を上げ、止めに入る。

 女は悲鳴を上げるばかりだ。


 エマは床に倒れたまま動かない。

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