第38話箱の中
暗闇だったが、瞬間、薄暗い空間へとなった。果てのないがらんどうの空間。
一同の目の前には横たわる少女がいた。
以前、王の部屋で見た肖像画に描かれていた王の姉にそっくりだ。
「彼女が僕の愛する人で、僕の姉だ。姉は15歳の時に嫁いだんだけど、再会したその2年後にとってもきれいになっていたことにびっくりして、僕は彼女に恋をしてしまったんだ。だから、ここに閉じ込めたんだ。今でも恋してるし、愛してる」
そういうレゼルははにかみながら、本当に恋をしている人の顔をしていた。
レオンは随分と迷惑な野郎だなと思いながら、
「なんで、そのねーちゃんがここにいるんですかね?」
もうエマと自分さえ死ななければどうでも良くなってきたら、礼儀などもおざなりになってきた。
レゼルも礼儀を気にしていないようで、「どこから話そうかな」と迷っている。できるだけ、短く要点だけを伝えたいのだろうが、それだけだと伝えきれないと言わんばかりだ。
エマが、
「時間はあるのですから、最初からお話をしたらいかがでしょう?」
「そうだな。茶も出せなくて悪いね。なにせ、ここは僕の心の中だから、お茶や食べ物はないんだ」
黒く光り、竜のように鱗のある体になっていたレゼルは人の姿に戻った。足元には邪気を放つ小さな竜が眠っていた。
「僕の先祖は竜だっていうのを知っているかな?」
「もちろん」
レオンが言う。
「正確には竜人と呼ばれる存在らしい。現在ではいなくなってしまったらしいけれど。僕はおそらくだけれど、先祖返りした存在なんだ」
レゼルは幼い頃から、自身の心の中に小さな竜がいることを知っていた。その竜はずっと眠っていて、起きることはない。
起きることがあるとしたら、レゼルがその竜の中に入るときだけだ。
竜の中に入ると、怒りの感情が込み上げてきて制御できなくなって、暴れた。
初めて竜の中に入ったのは6歳の頃で、気がつけば、両親は倒れ、父は精神がおかしくなり、母は亡くなってしまった。今はどちらもいない。
レゼルは恐ろしくなったが、勝手に竜の中に入ってしまうこともあり、侍従や使用人たちも時々、父母と同じ目に遭ってしまった。
なんとか制御したいと思って、試行錯誤していると色々と破壊したり、腐らせたりすることができることがわかった。密かに練習し、コントロールできるようにもなった。
そして、7歳の時に再会した姉はますます美しくなり、レゼルは一目惚れをして、あることを思いついた。
姉の心を体から破壊の力で引き剥がして、自分の心の中に入れよう。その試みはうまくいったが、姉は目覚めない。
それなら、姉の心に竜を入れようと思いついた。竜の破壊の力なら、姉を目覚めさせるかもしれない。
その試みはうまくいったが、姉の優しい心は消え失せ、破壊と怒りと憎しみしかなくなってしまった。
だが、レゼルはそれで満足だった。
彼女が自分という箱の中にいる限り、自分だけを見つめてくれる。
自分だけに感情を向けてくれる。
破壊のために暴れまわる彼女から受ける殴打さえ、愛に感じる。
そして、レゼルの力の暴走を受けても倒れなかった人間が二人いた。
教会のジジイことガレット・デロワとエマである。
レゼルは微笑みながら、
「まぁ、こんなところかな。ガレットとエマは僕の力に触れても死ななかったし、精神もおかしくならなかったから、僕の正体を知っているんだ」
レオンは二人がおかしくならなかったのは、二人の持つ魔力が聖だったからだろうとノノの話を思い出しながら、思った。
そして、素直に、レゼルという人間は狂っていると思ったが、口には出さなかった。
「く、狂ってる……」
先にユージェニーが言ってしまったからだ。
つい数分前まで愛していたのに、気がつけば、狂ってると抜かしている。変わり身の早い女である。
「狂ってなんていないさ。人はそれぞれみんな違うんだ。皆違って皆いいんだ」
限度があるだろうとレオンは思った。
レオンがため息交じりに、
「それで、奥方はあんたに何をする手筈になってたんだ」
「僕と彼女の封印だよ」
「封印?」
レゼルは頷いて、
「ある時、エマの嫁入り道具に貴重な魔道具が入っていたんだ。エマは使い方もよくわからないって言っていて、見た目の良さだけで譲り受けてネックレスにしてるって言ったんだけどさ。それが貴重な封印具だったんだ」
「奥方にあんたを封印させようってしたわけか」
「そうだよ。正直、僕の破壊の力は僕自身も年々少しずつ蝕んでいてね。年々、破壊の力は強くなるのに、僕が蝕まれてるせいでコントロールが難しい時もあってさ、竜に支配されそうになっていたんだ」
王が竜になれば王都は大変なことになるだろう。
「死んだら、彼女と永遠になれないでしょ? それに、もう一つ問題があってさ」
「問題?」
「人としての僕は死んでも邪竜が残ってしまうんだ」
嫌な予感しかしない。
「その邪竜は今でこそそこで小さく寝ているが、暴れてしまうだろう。竜は破壊の力で周囲と自身を破壊し尽くさない限り死なないんだ。僕と竜は一体だから、竜が死んだら、僕は死ぬけど、僕が死んでも竜は死なないんだよ」
おそらく竜は魔力というエネルギー体だから。ルビー竜のようにエネルギー体が具現化し、破壊しまくるのだろう。
レゼルは昨日見た面白い劇の話でもするかのような軽い調子で、
「そういう問題もあるんだけど、とにかく、僕は愛する彼女と永遠の存在となりたいから、くたばるわけにはいかないんだ」
迷惑な話である。
「で、ダメ元でエマにお願いしてみたら、甥っ子が成長して、王として安心して即位できる年齢になったら良いって言ってくれたんだ。他にも条件があったんだけど、どうでも良すぎたのか忘れちゃったな」
「へー。奥方は人がいいからな」
「そう思うよ。その封印具は使用者の命と引換えだからさ。自分の命を大事にする僕とは大違いだ」
それを聞いたレオンは顔色が変わった。
「お、おい。あんたが倒れたのはなぜだ?」
「蝕まれすぎて竜を抑える力が弱まったんだ。僕が邪竜になっても、邪竜が外に出ても国が破壊されちゃうだろ? だから、心の中で竜を抑えてたんだ」
「あんたが目覚めたのはなんでだ?」
「魔石の魔力のおかげで、僕の生命力が回復したんだ。だから、また竜をコントロールできるようになったんだ。おかげで元気だ」
レゼルは笑顔で肩を回した。
エマも朗らかに、
「予定を早めなくちゃいけないかと思いました」
それが一番困るのである。
レオンが聖女様に、
「おい、あんたが愛する王様が困ってんだぞ。封印してやれよ」
「い、嫌です! も、もう私はその人を愛してません! く、狂ってる!」
エマも狂ってるし、王も狂ってるから二人は馬が合ったんだろう。
レオンは仕方なく付き合っているが、自分はとてもまともな存在だから、この二人とは永遠に気が合わないなと思った。
レゼルは、
「当分は大丈夫そうだ。迷惑かけたね。戻ろうか」
「戻ったら奥方は処刑されるんだがな」
「なんとかしなきゃいけないな。神託をひっくり返さないとな」
そう言って、ユージェニーを見た。
ユージェニーは怯えきっている。
「まぁ、いいだろ。戻ろう」
視界が黒くなり、王の寝室へと戻っていた。
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