「おおきくなったらケッコンしよう」と約束してきた幼馴染が一生可愛い。~好きと言えない僕は、あらゆる言葉で想いを伝え続ける~

こばなし

第1話「おおきくなったらケッコンしよう」

 幼い頃の僕――新田あらた優樹ゆうきは心が不自由だった。


 自分がどうしたいのか分からない。今どんな気持ちなのか分からない。それ故に「どうしたの?」と聞かれても、「〇〇した」と答えられない。


 母が聞いてくる。


「寂しいの? 痛いの? 悲しいの?」


 そのどれにも当てはまらない気がして、首を横に振る。


「寂しい? 痛い? 悲しい?」


 母の顔が徐々に焦りの色を帯びてくる。根気強く僕の気持ちを知ろうとしてくれているが、父が早晩亡くなり独り身の母。家事や仕事で彼女もいそがしい。自分がどうしたいかは説明ができないのに、相手の焦燥感は理解できてしまった僕は、とりあえず「さびしい」を選んだ。


「そっかそっか、さびしいの……」


 よしよし、なでなで、と母が僕を抱きしめてくれる。本当は寂しかったわけでは無かったのかもしれない。でも、こうやって母に抱きしめられるのは悪くない気がしたし、僕がうなずいた瞬間の彼女の顔は、どこかほっとしていたから。



「おおきくなったらケッコンしよう」


 幼稚園に入園し、年中になると女の子の友達ができた。

 本名が望月もちづき凛奈りんななので当時は『りんちゃん』と呼んでいた。彼女は毎日のように僕にプロポーズしてくれる。

 結婚というものを漠然と理解していた僕は、


「けっこん、いいね……」


 などと耽美な響きに舌鼓を打ちつつ、ほぼ条件反射的に「いいよ」と了承していた。


「やったあ。あたし、ユウくんのことだいすき!」


 そして了承するたびに彼女は喜んでくれた。


 もちろん、ケッコンがどのようなものかをこの頃はよく理解しているはずもない。はずもないのだが、受け入れるたびに大喜びする彼女の笑顔が見たくて、僕は安直な答えを出し続けた。



「ねえ、ユウくん。あたしのこと、すき?」


 年長の頃にもなると、凛奈はそんな質問を繰り返すようになった。プロポーズはあまりされなくなった。ケッコンブームは過ぎ去ったらしい。


「すき、ねえ……」


 聞かれるたび、僕は回答を渋る。なぜなら「好き」というものが何かはケッコンよりも漠然としていたから。


 ケッコンは契約だ。けれど、好きってなんだ? よく分からない。よく分からないまま凛奈に回答をするのは、なぜかためらわれた。


「ユウくん……おへんじ、まだ?」


 僕がうんうんうなっていると、徐々に彼女の顔が不安げになる。

 ちょっと小首をかしげながら聞いてくるしぐさを、当時の僕は愛らしく感じたのだろう。


「かわいい」

「かわいい?」


 好きと返す代わりに、僕は毎回、そのように返すようにしていた。そうすればその場はしのげるし、凛奈もまんざらではない表情を浮かべてくれたから。


「あたし、かわいい?」

「うん。りんちゃんは、かわいい」


 回答になってない、などと眉をひそめるでもなく、もじもじと手を組んでにまにまする幼女。


「ゆうくんは、かっこいいよ……」

「かっこいい……?」

「うん」


 凛奈は僕をほめた。が、


「モエルンジャーよりも……?」


 当時の「かっこいい」の頂点がニチアサの戦隊モノだった僕は、無粋にもそんな質問をした。


「うん。モエルンジャーより、かっこいい……」


 返答に大変満足した僕は、いい気になって変身ポーズを決めまくった。凛奈はそれを見て魔法少女に変身した。先生や保護者の間でウワサの仲良しカップルだった。


「やーい、モエルンジャーにマホリン。おれがやっつけてやる~」


 そんな僕らを見かけると、これまた戦隊モノ好きな同級生の天野あまのかおるが、悪役として立ちはだかった。ものずきなことに彼は決まって悪役になりたがる。


「でたな、かいじんカオリック!」

「ははは~。かかってこい~!」

「けんかは、だめ!」


 僕と薫がヒートアップして、マホリン化した凛奈が魔法のごとき言葉で鎮静化させるまでが、このごっこ遊びのテンプレだった。


 それにしても、好きってなんだ?


 自分の中に漠然とした疑問がわだかまる。その疑問を解消できないままに、時間は進み、やがて僕らはごっこ遊びをしなくなっていった。

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