竜話者がいる世界

青木タンジ

第1話 隠された過去

エメラルドの森の淵に位置する小さな村は、朝露に濡れた草花の香りと、遠くから聞こえる川のせせらぎで目覚める。この平和な村には、ヴィヴィアンと彼女の祖母が暮らす古びたが温かみのある家があった。家の周りは手入れされた庭が広がり、様々な薬草と花々が季節ごとに色とりどりの姿を見せる。


ヴィヴィアンは今日も、いつものように夜明けと共に目を覚ました。彼女の部屋からは、窓を通して森の深い緑と、その向こうに広がる蒼い空が見える。祖母から受け継いだ、特別な訓練の一環として、ヴィヴィアンは毎朝、森へと足を運ぶ。竜話者としての能力を磨くための訓練だ。


しかし、ヴィヴィアンには知らされていない過去があった。祖母は時折、遠い目をしてヴィヴィアンの未来を案じる。彼女の力は特別なものであり、その力が彼女を危険へと導くかもしれないという恐れがあったからだ。祖母はヴィヴィアンが十分に強くなるまで、彼女の出自とその能力の真実を秘密にしてきた。


この朝も、ヴィヴィアンは軽やかな足取りで森へと向かう。彼女の心は、自然との対話を楽しみに満ちていた。森は彼女にとって第二の家のようなものであり、様々な生き物と心を通わせることができる唯一の場所だった。


祖母は窓辺に立ち、ヴィヴィアンの後ろ姿を見送る。彼女は心の中でつぶやいた。「あなたの力が、いつの日か真実を照らし出し、あなたを守ることを願っているわ。」と。しかし、その真実がヴィヴィアンの運命を大きく変えることになるとは、まだ誰も知らない。


森の中で、ヴィヴィアンは小川のそばに座り、目を閉じて深く息を吸い込む。周囲の生命の気配が彼女の感覚を通じて心に流れ込んでくる。今日も彼女の訓練は、自然との調和の中で始まる。


この平和なプロローグは、やがてヴィヴィアンが直面する冒険と試練の前触れに過ぎなかった。隠された過去が徐々に明らかになり、彼女の人生を永遠に変える旅が始まろうとしている。


ヴィヴィアンが深い瞑想から目覚めた時、小川の水は金色の光を帯びて輝いていた。太陽が森のすべてを照らし出し、その温かな光が彼女の肌を優しく包み込む。彼女は自然と一体になるこの瞬間を特別なものと感じていた。ここでは、彼女はただのヴィヴィアンではなく、森と生き物たちと話すことができる竜話者だった。


しかし今日、彼女の平和な訓練は予期せぬ出来事によって中断される。森の奥深くから、何かが速く走る音が聞こえてきた。ヴィヴィアンは身を潜め、静かにその音の源を探った。そして、その音が近づくにつれて、彼女はその生き物が竜であることを感じ取った。だが、それは普通の竜ではない。何かに追われる恐怖と痛みに満ちた心の叫びが、彼女にははっきりと伝わってきた。


竜はやがてヴィヴィアンの隠れている場所の近くに現れ、その巨体が地面に崩れ落ちる。ヴィヴィアンは慎重に近づき、竜の傷ついた側面を見つける。彼女は恐怖を感じながらも、竜の苦痛を和らげようと手を伸ばした。その瞬間、彼女の心と竜の心が通じ合った。彼女はこの竜がイリオスと名乗り、何者かに追われていることを知る。


ヴィヴィアンはイリオスを助ける決意を固める。彼女の祖母から教わった薬草の知識を駆使し、イリオスの傷に最初の手当てを施した。彼女はイリオスを自宅に連れて行き、祖母の助けを借りて治療を続けることにした。この出会いが、彼女の運命を大きく変える第一歩となることを、その時のヴィヴィアンはまだ知らなかった。

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