第9話_7月16日朝の挨拶運動

 7月16日火曜日。

 金曜日の夜のアレは、何だったのだろうか。

 涼介は母親の声で目が覚め、慌てて学校の準備をする。目の前にある制服。左腕の袖をはじめ、ズボンもすべてが血と埃にまみれていたはずなのに、元通りになっていた。


 金曜日の夜、石田に連れられて帰宅。石田が母親に「崎山高校の空手部の顧問で……熱烈勧誘していて遅くなりました。申し訳ありません」と説明をした。その後、母親と話し込んでいたようだが、部屋に戻りそのまま寝落ちしていた。

 その後、土、日、祝日の月曜日の3連休。せっかくの休みだというのに、全身筋肉痛とけだるさで、3日間ずっと寝てしまっていた。

 ベッドの上に置いていたスマホを左手で取る。この3日間で、馴染むという表現があっているかどうかはわからないが、この偽物の左腕は、実際の肌の色とほとんど変わらない色へと変化した。重い感じはするが、指先まで思い通りに動いた。

 そのまま左手でスマホを操作する。この三連休で明と星太からメッセンジャーアプリでいくつもメッセージが届いていた。読んではいるが返事ができていない。

 石田から新たにメッセージが届いていた。


なんで、俺のアカウントを知ってるんだ?


 涼介は恐る恐るそのメッセ―ジを開く。

(先日はお疲れさまでした。身体は休まりましたか?今日の夕方にお迎えにあがります。なにもお話できていませんので、少しお話しましょう。スカウトマン・ヘクトス)


 ……もう、関わりたくねぇ


 涼介はスマホをポケットに突っ込んだ。

 部屋を出て、食卓に顔を出すといつもと同じように朝食が並んでいた。涼介は座り、テレビをつけた。


 トップニュースで国防省の組織、特殊武装部隊の活躍をまとめた特集が流れていた。10年前に前身の特殊警備隊が発足され、1年前に特殊武装部隊という物々しい呼称に変更された。その名の通り、国防省が独自開発した特殊武装を許された精鋭部隊である。

 テレビでは非公開の特殊訓練を受け、その中でさらに選別された12名だけが特殊武装の装着を認められたらしい。

 凶悪犯罪や有事の際、また、災害や大きな事故などで救援活動が必要と判断された場合、単独、もしくは、自衛隊と共に出動する。

 その12名は、その特殊な役割や働きぶりから、とある経典からなぞらえて十二神将と愛称が付けられていた。



 その12人の中に、兄、伊藤康介がいる。


 飲み物を持ってきてくれた母親が「あれ?さっき康介映らなかった?」と騒いでいた。




 ……俺って意外と優等生。


 涼介はそんなことを思いながら、崎山高校の正門に近づいた。まだ始業までに15分ほど余裕があった。

 後ろから「なんで、既読スルーだよ」と肩に腕をかけられた。明が不満そうな顔をしている。

 「悪い、悪い。疲れてたんだよ。3日間爆睡」

 「なにやってたんだ?あ、お前、もしかしてデートじゃあないだろうな」


 明がにらむ。なんで、にらむんだよ……


 涼介は、腕を回していた明の手を払い「誘拐されてた」と答えた。

 「なんだよ、それ」と明が笑う。「まあ、女の子と一緒でなければ、許すよ」と言葉を付け加えられた。

 「今日は星太と一緒じゃないのか?」

 涼介は「アレだよ、アレ」と指を指した。

 明の視線が涼介の指を追う。その先、正門の向こうで星太を含め数名が他の生徒にあいさつをしていた。

 「生徒会名物、朝の挨拶運動だって」

 「へぇ。星太、そんなこともしているのか。たいへんだねぇ」と明は頷いた。



 涼介は明と正門を抜けた。

 隣の明が感嘆の声を上げる。目を輝かせている。

 星太の横並びにいる女性。崎山高校全員の憧れ、3年生徒会長の木下舞の姿があった。

 容姿端麗。そのうえ、幼い無邪気な笑顔を見せる。長く伸びた黒髪が印象的だった。そのうえ、学力も学年2位という成績を収めているという噂である。まあ、明からの情報なので、信憑性は低いが。


 涼介にとっては、芸能人を遠目から見るような……高嶺の花を見るだけで十分といった存在だった。明は隙あらばといった目をしているが。



 ふと、木下と目があった。

 木下が笑顔で涼介の前まで近づいてきた。そのまま、手を掴まれ、握手された。

 「おはよう。キミが伊藤涼介君ね。ねえ、生徒会に入らない?」




<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介:高校1年生。久原道場の元門下生

・古賀星太:高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生

・高山明:高校1年生。同級生。思い出作りに燃える。

・長谷川蒼梧:高校1年生。同級生。美形。


・桜井千沙:高校1年生。同級生

・笹倉亜美:高校1年生。同級生

・小森玲奈:高校1年生

・池下美咲:高校1年生


・木下舞:高校3年生。生徒会会長。学校内の人気絶大。

・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。


■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長

・白い仮面の男:スカウトマン・プロ―トス

・石田:スカウトマン・ヘクトス

・北上慶次:スカウトマン・エナトス、ラスボス


■不明

・水野:日本刀を持つ女

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