第4話_スカウトマン

 頭が重い。

 頭がすっきりしない。体がだるい……

 「あ、やっと目覚めた。もう、寝すぎ、寝すぎ。何時だと思ってるんですか?」


 あれ?学校にいるんだけっけ?

 涼介は体を動かそうとしたが、それが叶わなかった。

 少しずつ意識がはっきりしてくる。椅子に座らされ、手首のあたりで固定されていた。

 薄暗い室内。明かりはランタンタイプの電灯が1つ。埃っぽい。首は動くようで……あたりを見ると長テーブルやパイプ椅子が煩雑に並んでいた。いや、倒れているものもある。奥にあるホワイトボードには何かが書かれているが、ここからでは何が書かれているかはわからない。ブラインドの隙間の奥は暗くなっていた。

 埃が鼻に入った。思わず大きなくしゃみをした。音が響き渡った。


 「もう、夜の8時ですよ。伊藤君寝すぎですよ」

 視界の中に、タキシードの中年男が入ってきた。相変わらずタキシードの中年男は笑みを浮かべている。

 「改めて伊藤涼介君、ご機嫌はいかが?」とおどけた。

 「最悪ですよ。誘拐されているんですよ。俺は」

 「誘拐とは人聞きの悪い。私は伊藤君とお話がしたかっただけですよ。ご招待です」

 「これは、招待とは言わない。誘拐ですよ。誘拐」

 「え?そうなんですか。前に映画で見た方法なんですが……もしかして、私、ワルモノですか?」

 「ええ、そうですね。あんたは悪者だ。だけど、この手首のを外してくれれば、いいおじさんになれるかもしれませんよ」

 「うーん。でも、まあ、ワルモノってことでいきましょう。私には、差し支えありませんから」

 タキシードの中年男は笑った。


 ……俺には差し支えがある。


 下手に出たがやはり、予定通りにいくものじゃあない。

 涼介は、腕に力を入れ手首のものを外そうとしたが、食い込んで痛みが走っただけだった。


 タキシードの中年男は襟を正す。

 「では、改めまして……」咳払いをする。

 「初めまして。私はスカウトマンの1人、ヘクトスと申します」

 「うそつけ。どう見ても日本人面じゃあねぇか」

 涼介の即答に中年男が動揺した。慌てた様子で言葉を返す。

 「いや……そうなんだけど、この格好見てよ。わかるよね。普通のおじさんじゃないってことくらい」

 涼介はひらめくものがあった。

 「ああ、なるほど。そうですよね。なんか、設定があるんですよね。で、本当の名前は?」

 涼介のゆったりとした口調にほっとしたのか、中年男は落ち着いた口調で「石田です」

 「石田じゃねぇか」

 「ああ、しまったぁ」と中年男の石田が頭を抱えた。


 ……こいつ、バカだ。

 そのバカに誘拐されるとは……何とも言えない。

 涼介は、自分の状況を呪った。



 「それで、石田さんが俺に何の用事ですか?うち、母子家庭みたいなもんなんで、金ならないですよ」

 頭の悪い誘拐犯であれば、金がないと言えば解放してくれるだろう。

 頭を抱えていた石田が、涼介の言葉で我に返った。

 「あ、そうそう。そうだよね。本題を伝えないと……」と言いながら、涼介の背後の方に移動した。


 涼介は首を回そうとしたが、石田は視界の外に行ってしまった。目で追いかけるのをあきらめたが、石田もそんな涼介のことを気にしていないようで、すぐに涼介の前に戻ってきた。右手にジュラルミンケース。

 石田は、鼻歌を歌いながらジュラルミンケースをそっと置き、ゆっくりと開いた。中から小さな箱を取り出し、涼介に見せる。

 「これ、なんだか分かる?あ、箱を開けてないのに、分かるわけないよね……」と言いながら、その小さい箱のふたを慎重に開ける。そして、中身が見えるようにこちらに向ける。

 「見える?何だかわかる?」

 石田は箱の中身が見えるように、涼介の顔に近づけた。


 卵?

 箱の中で動かないように固定されていた。スーパーに売っているにわとりの卵よりは二回りくらい大きいか。その殻は茶色と白色がにじんで混ざり合ったような色をしていた。卵に「伊藤涼介様」とマジックで書かれてあった。


 「なんだか分かる?」

 「なんだよ、それ。腐った卵?」

 「腐ってはいませんよ」と石田は不満そうに口をとがらせる。そのまま、石田は言葉を続ける。

 「でも、卵は正解です。正解者にはプレゼントって決まりですよね。プレゼントの仕上げといきましょう」


 石田は、卵が入った箱を涼介の足がギリギリ届かないところの床にそっと置いた。走るようにジュラルミンケースの所に戻り、何かを手にして卵のところまで戻ってきた。

 石田は、手の中のものを涼介に見せた。理科の実験の時に見たことがある試験管。試験管はコルク栓で封がされており、その試験管の半分くらいまでに赤い液体が入っていた。


 「伊藤君が寝ている間に、少し頂きました。伊藤君の血液です。ご協力ありがとうございます」

 石田は深々と頭を下げた。

 「おい」と涼介は文句を言おうとしたが、石田は両手を上下に揺らし「まあまあ、落ち着いでください」と笑った。


 石田はその場でしゃがみ、試験管のコルク栓を抜き、卵に血液をゆっくりと垂らした。卵の殻に血液がしみこむ。すると、湯気のようなものが立ちのぼり始めた。

 「おお、ヤバい。ヤバい」と言いながら、石田は大げさに慌てたようなそぶりをして、涼介の後ろに回り込む。手首を固定していたものが斬られ、涼介の体は自由になった。

 自由になった瞬間、涼介は石田の襟元を掴んだ。

 「どういうことだ、これは?」

 「まあまあ、私言いましたよね。これはご招待ですよ。ご招待。さあ、そろそろです」

 石田は湯気が立ちのぼる卵の方へ視線を受ける。涼介は石田の視線につられて、卵の方を向いた。

 卵からのぼる湯気の勢いが増してきた。

 ひびが入る。そのひびから、あふれるように湯気が噴き出した。

 「産まれます」

 「な……なにがだ?」

 「まあ、見ていてください」

 噴き出される湯気の色が変わる。湯気の代わりに肌色のものが周辺に吹き出し始める。湯気とは違う。顆粒状だ。その肌色は床に落ち、サラサラという音を出す。その肌色の顆粒は、卵にサイズ以上に溢れ出ている。

 噴き出される顆粒の勢いもやがてお収まり、気が付けば、足元はまるで砂場のように広がっていた。


 砂?

 砂場の砂というよりは、ドキュメント番組で見る砂漠の砂のような明るい肌色。

 卵は完全に割れていた。その割れた卵を中心に広がった砂。その砂がさらさらと音をたて、不自然に床の上を流れるように動き始める。その砂が一か所に集まり、床から生えてくるように四足の動物が形成されていく。

 犬なのか、オオカミなのか。大型犬ほどの砂の造形物ができあがった。その大型犬は、身体を震わせる。形成している砂が散るが気にしていない。大型犬は、足元に転がっている割れた卵の殻に鼻を近づけたかと思うと、それを口の中に入れ、そのままかみ砕き、飲み込んだ。

 襟元を掴まれている石田がにっこり笑う。

 「伊藤君。お願いします」

 そう言って、石田は砂の大型犬を指さした。

 「は?なにが?」


 わけがわからない……




<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介:高校1年生。久原道場の元門下生

・古賀星太:高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生

・高山明:高校1年生。同級生。思い出作りに燃える。

・長谷川蒼梧:高校1年生。同級生。美形。


・桜井千沙:高校1年生。同級生

・笹倉亜美:高校1年生。同級生

・小森玲奈:高校1年生

・池下美咲:高校1年生


・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。


■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長


■不明

・石田:スカウトマン(ヘクトス)

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