息子がいじめをしている現場を目撃しました
ガビ
第1話 幸せだったのに
まさか、自分が刑務所送りになるとは。
そんな僕に対する、今までにもらった数少ない褒め言葉は「優しいね」とか「真面目だね」といったものだった。
要するに、他に特筆すべきことがないのだ。
もちろん、そんなつまらない人間は意図的に罪を犯す根性もない。
じゃあ、何故刑務所なんぞ特殊な人間の溜まり場のような場所にくる羽目になったのか。
それを説明するには、少し時間を巻き戻す必要がある。
少しだけ、冴えない三十路のおっさんの話を聞いて頂けないだろうか?
もし、こんなおっさんの話を聞いてくれる心優しい方がいたら、最大限の感謝を。
懲役中の身故、感謝の言葉なんていう何の役にも立たないことしかできなくて、大変申し訳なく思います。
さて、どこから話そうか。
やはり、ここは子供を授かった時のことから話すのが分かりやすいだろう。
そう、かつては一家の主人だったのである。
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「元気な男の子ですよ」
看護師さんにそう言われて、あまりにも小さい生命を手渡された時は、自分のミスで壊してしまわないかと本気で心配した。
長い戦いを耐え抜いた妻のサヤカは、薄く目を開いて我々親子の初対面を見ていた。
出産の立会いを経験して、こういう時の男は本当に無力だと思う。
妊娠が分かってから今まで、子供が生まれた瞬間に親としての自覚が芽生えるものなのだと思っていたが、そんな単純なものではないと思い知る。
妊婦がどれだけの苦痛に苛まれているのかを、本などで学ぶことはできるが分かりあうことはできない。
「‥‥‥可愛いですね」
そうした感情の中出てきたのは、その場しのぎにしかならないセリフでしかなかった。
こうして、何の覚悟もないまま、僕は人の親となった。
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可愛いかと聞かれたら、そりゃ可愛い。小さな存在は可愛いものと決まっている。
「パーパ!パーパ!」
少しずつ発語ができ始めている息子の大輔が懸命に自分を呼んでいる姿は、愛おしいものを感じる。
ちなみに、最初の発語は「ママ」だった。やはりお腹を痛めて産んだ母には敵わない。
会社からもらった育休のおかげで、息子と遊ぶ時間を確保でき、妻と共に子育ての難しさに立ち向かうこともできた。
しかし、育休は今日で終わり、明日から職場に復帰しなければならない。
まだ、子育てに慣れたわけではないタイミングで家を開けるのは不安が残るが、生活するにはお金がいる。
特別な才能のない僕は、コツコツ働くしか家族を支える手段はない。
「大輔。パパな、明日からお仕事に行かなきゃいけないんだ」
「うー?」
不思議そうに首を傾げる大輔。
伝えていることの意味は分からないようだったが、それでいい。
これは、僕の自己満足なのだから。
明日から、姿を消すことに対しての罪悪感を埋めるための、ただの自己満足。
「大輔とママのために頑張って働いてくるな」
「あーい!」
嬉しそうに両腕を上げて、そう発する大輔。
「お!大輔、パパを応援してくれてるの?」
台所で離乳食を作っていた妻にも会話が聞こえていたようで、優しい声色でそう言った。
「あーい!」
先程と同じ返事をする大輔に、妻と僕は同時に吹き出してしまった。
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そう。絵に書いたような幸せな家族だったのだ。
それからも、比較的仲のいい家庭だったと思う。
幼稚園で気になる女の子がいると相談されたり、父の日にサプライズの手紙を読んでくれたり、大輔も僕に懐いてくれていた。
だから、想像もしてなかったんだ。
大輔が、僕達の息子がいじめに手を染めるなんて。
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