第三十五話
馬之助の腰に例の鉄色と白の
でかい図体で明らかにビビっている馬之助に引き換え、鹿蔵はさすがに兄貴だけあって体は小さいが度胸が据わっているのか何なのか堂々としている。開き直っているのかもしれないし、琴次の凄い体に期待しているのかもしれない。彼らは栄吉との付き合いは長いが、栄吉が元殺し屋だということは知らないので、「こんな爺さん使い物になるのか?」などと思っているに違いない。
街中で絡まれたりどこかの家に引きずり込まれたら厄介だ。さすがに栄吉も街中で暴れる気は無い。仕方なく椎ノ木川の河原をゆっくり歩くように指示した。運が良ければ向こうがウマシカ兄弟を見つけて接触してくるはずだ。
もしも接触があって「ついて来い」と言われても絶対に行くなと言ってある。敵の本拠地に行ってしまったらいくら栄吉でも助けるのは難しい。それに、人目につかないところで殺される可能性もある。
そのときは「ここで情報を渡すから先に金をよこせ」と言うように指示してある。それなら相手が逆上して栄吉も手が出しやすい。簡単に言えばわざと怒らせるのだ。
二人は「わざと怒らせたら殺される」と嫌がったが、栄吉の説得でようやく首を縦に振った。それも琴次が「嫌だけどあたしが助けてやるからさぁ」と心にもないことを言ったのも手伝っている。
川原で待つこと四半刻、『如何にも』な雰囲気の連中が三人、連れ立ってやって来た。
「おい琴次、二人にあんなの三人がかりだぜ。大したことなさそうだな」
「あたしゃどうしたらいいのさぁ」
「そうだな、馬之助の方がビビりだから、ヤツの隣に筋肉を誇示して突っ立ってりゃいい」
「ほんとに立ってるだけでいいんだね?」
「ああ、それでいい」
ウマシカ兄弟の方は三人組に絡まれてビビりながらも鹿蔵の方が何かを言っている。多分、栄吉の言いつけ通り「金が先だ」と言っているのだろう。
「そろそろ行くぞ、ついて来い」
「はぁ~い」
既に鹿蔵は胸ぐらをつかまれて、馬之助は泣きそうになっている。そこへ強面の栄吉と、しなしなとした歩き方の琴次がやって来る。
「おめえら素人二人相手に三人がかりってのはどういう了見だ」
ゴロツキの背後から栄吉が声をかけると、一斉に振り返って栄吉をじろじろを見た。
「おい、爺さん。てめえは死にたくなかったらすっこんでろ」
「そりゃあ、あっしの台詞だ。ガキはとっとと失せろ」
栄吉の堂々とした話っぷりを見て、ウマシカ兄弟も琴次も三人で手を取り合って見守っている。
「爺さん、俺らが誰かわかって喧嘩売ってんだろうな」
「知らねえな。無名な奴ほど有名ぶるから大したことねえんだろう。そもそも喧嘩売ってたのはおめえらだろうがよ。とにかくガキはとっとと帰って母ちゃんのおっぱい吸ってねんねしろ」
「おいジジイ、今更許してくれつっても遅いぜ」
「あっしの一番嫌いな言葉を教えてやる。『爺さん』だ。あっしの心はまだ三十五だ」
いきなり一人が殴り掛かって来た。琴次が「きゃっ」と小さな悲鳴を上げる。
栄吉はスッと半身を流して相手を足払いにした。
二人目は正面から拳を受け、その腕を掴んで背中から地面に叩きつけた。そのまま上から腹に拳をぶち込む。
三人目は片手を取らせてその間に脾腹に一発入れる。急所に綺麗に入ったら大抵の人間は動けなくなる。
最初に足払いにしただけのやつが立つあがって来たところを、真横から顎だけを綺麗に打ち抜いた。脳を激しく揺さぶられた男は脳震盪を起こしてそのままぶっ倒れた。
「喧嘩したけりゃ相手を選べ」
三人片づけるのに十も数えるほどの時間は要らなかった。三人とも動けるようになったところで隠れて見ていた勝五郎親分がまとめて番屋へとしょっ引いて行った。
「ねえ、どうなってんのさ、栄吉さんとんでもなく強いじゃないのよぉ」
勝五郎が三人を取り調べている間の琴次は、妖怪でも目撃したくらい興奮している。というか、何か悠に向ける目のようなものを向けてすら、いる。
「栄吉さんは毎日蕎麦を打ってるから強いのさ」
「悠さん、いい加減な事言わないどくれよぉ。ますます悠さんのこと好きになっちまうじゃないか」
「いやそれ関係ねーだろ」
三郎太のツッコミが一番マトモである。
「あの三人は勝五郎親分が何を言っても適当にはぐらかしてちゃんと喋りはしないさ。それを見越してやってんだ、なんにも知らずに解放されて慌てて大元締めのところへ行くだろうよ」
「最初っから案内させるつもりだったんだね」
もう琴次の目はキラッキラである。
「栄吉さんと琴次と親分は顔が割れてるから、おいらが追うんだな?」
「そうさね、三郎太の兄さんとあたしで追うことにしよう。多分賭博屋だ、あたしが行った方がいい。それを兄さんは外で見張っていておくれでないかい?」
「合点承知の助よ」
「あっしも行こう。連絡係が必要だし、また立ち回りになったらあっしがいた方がいいだろう」
「そうだねぇ、あたしと三郎太の兄さんじゃ、喧嘩できないからねぇ」
そのうちに、勝五郎親分のわざとらしいほど大きな声が聞こえて来た。
「仕方ねえな今日のところは勘弁してやる。もう二度と素人に手ぇ出すんじゃねえぞ」
悠と三郎太は慌てて背を向けた。面が割れていないのは二人だけなのだ。
三人が出て行ったのを確認して、悠と三郎太は番屋を出た。それからきっかり二十数えてから栄吉が出た。
「ねえ、なんなのよぉ、あの人達。親分さんの下っ引きなのぉ?」
「まさか。あいつらにはあいつらの正義ってもんがあるんだよ」
「ふぅん。枝鳴長屋って変な人が集まったのねぇ」
琴次の独り言に、勝五郎は「お恵もだがおめえもな」と心の中で苦笑いした。
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