第三十三話

「よぅ、お恵ちゃん、お前さんもお茶飲んでいくかい? おいらんちと違って麦湯じゃないぜ。悠さんちのお茶は高級品だ」

「ちょうどいいわ。万寿屋さんでお饅頭買ってきたの。一緒に食べよう」

 三郎太は悠に何も聞くなと目で合図した。悠が聞いたらお恵が警戒するかもしれない。それほどまでに悠は今まで危ないことに首を突っ込んでいる。

「お恵ちゃん、甚六さんのところ辞めてからも遊びに行ってるようだけど、一人で大丈夫かい?」

「えっ、一人で行ってるのかい?」

 三郎太と悠の阿吽の芝居が始まった。

「そうよ。でもあの街道なら平気、安全だから」

 お恵が薄柿色の袖から手を伸ばしてお茶を受け取った。

「遊びに行きたくなるほど五人兄弟とは仲良くなったのかい」

「うん、甚六さんも含めてみんないい人よ。でも特に午ちゃんと仲良しかな」

「午ちゃんてなぁ三番目だっけか」

 三郎太の白々しい芝居にもお恵は気づいていないようだ。

「そうね。午ちゃんさえいればこの先五十年は柏原と楢岡は安泰だよ」

 ここで三郎太が「下地はできた」とばかりに悠に視線を送る。悠は目だけで頷いた。

「去年、松清堂さん付け火に遭ったろ。その時は大丈夫だったのかねぇ」

「甚六さんそれより前に辞めてるから」

「ああ、そうだったね。松清堂がなくなってから暗黒斎先生が大変だったそうだけど、結局甚六さんから仕入れてるんだろう」

「うん、そうみたいね。でも暗黒斎先生だけじゃないみたいよ。薬草畑がすっごく大きいの。家の前の小さな薬草畑だって枝鳴長屋が全部丸々入っちゃうくらいだよ」

 思わず三郎太が身を乗り出した。

「ちょっと待った。そりゃあ聞き捨てならねえなぁ」

「そうだねえ、聞き捨てなりませねぇ」

「え、どこが?」

 お恵は気にしていないようによもぎ饅頭を頬張った。この時期は桜饅頭と蓬饅頭が旬である。ただし看板商品の栗饅頭は半年後だ。

「家の前の小さな薬草畑って言ったねぇ。ほかに大きな畑でもあるのかい?」

「あるある、凄いのが。あそこって山じゃない? 土地いっぱいあるのよ。家の前にはどくだみとかよもぎとかあとは忍冬すいかずらとか背の低いのがいっぱい。その奥にちょっと背の高いのがあるの。あさ琵琶びわ、ああその前に曼陀羅華まんだらけ。その前には曼殊沙華まんじゅしゃげ酸漿ほおずきもあったよ。山茱萸さんしゅゆ枸杞くこもあった」

 午三郎から教えて貰った知識をこうして披露するお恵は、それはもう嬉しそうでもあり、得意げでもあった。これは得意になっているところを利用するしかない。

「それだけかい?」

「まっさかー。一番の見どころはそのまた奥なの。家の前の畑二つ分くらいのお花畑があるの。それが今見ごろで真っ赤に咲いてて凄いの。今が満開。でも午ちゃんたちは満開の時期が終わるころからが地獄なんだって」

「それ、罌粟けしじゃないかい」

「うわあ凄い。悠さんどうしてわかったの?」

「いえね、赤い花が満開だって言うからさ。麻酔薬だね」

「そうなの。朝一番に花の散った実に傷をつけると白い汁が出て来て、夕方には茶色い結晶になるんだって。だから兄弟五人で手分けして朝ごはん前に片っ端から傷を付けて行って、夕方になったら日が暮れるまでにそれをかき集めるんだって。薬屋さんも楽じゃないわね」

 お恵の証言で、甚六のところで大量のアヘンを作っていることが判明した。あと、問題になるのはそのアヘンをどこで使っているかだ。どう考えても暗黒斎先生と七篠先生だけで使う量じゃない。

 ウマシカ兄弟を雇ったやつを押さえるしかなさそうだ。いずれにしろ勝五郎親分と森窪の旦那に知らせた方がいい。

「済まないけど、あたしはこれからちょいと外出の用事があるんだよ。良かったらここで二人でお茶飲んで貰ってても構わないんだけどねぇ」

「あ、いやそういうことならおいらはけえるよ」

「あたしも。お茶ご馳走様! 残りのお饅頭は栄吉さんにあげてね」

 言いながら、彼女はもう出て行ってしまった。

「さ、おいらたちも勝五郎親分のところへ行こうかね」

「森窪の旦那もいらっしゃると話が早いんですけどねぇ」



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