第三話 

 翌日、三郎太は悠に誘われて、栄吉の部屋にお茶を飲みに行っていた。最近悠が峠の団子屋のみたらし団子にハマっていて、わざわざ買いに出かけることもあるらしい。昨日お恵から三郎太のことを聞いて、悠が気を利かせて団子を買ってきたようだ。彼は子どものころ大名主の佐倉様のところで下働きをしていたせいか、細かいことによく気が付く。

「なあ、血の道症で死ぬこともあんのかい?」

 三郎太らしからぬ話題に栄吉が茶を噴き出す。

「いきなり何を言い出すんでぇ」

「いや昨日さ、そのことを相談されたんだよ。だけどおいらは月の障りがねえからわかんねえんだよな」

「そんなこと言い出したら、あっしらみんな月の障りには一生縁がねえぞ」

「そうなんだけどさ」

「あたしなら少しは兄さんの役に立てるかもしれませんねえ」

 そうだ、悠は佐倉様のところで下男をする前は、ずっと柏華楼という女郎宿にいたのだ。いたというより、そこで生まれてそこで育った。むしろ外の世界を知らずに育ったのだ。

「血の道症ってのは月の障りに関係する病全部を指すんですよ。だから症状と年齢を特定しないと話になりません。まあ、まずはお団子食べて落ち着いてくださいよ」

 この団子屋は、その昔、栄吉が住み込みで雇われていた団子屋ではあるが、三郎太はそれを知らない。悠は知っていても他人の過去のことをほじくり返すような無粋な真似はしない。

 栄吉が団子を頬張って「うめえな」と言うと、三郎太も手を出す。

「う~ん、美味しい美味しい大石蔵之介」

「でしょう? あすこの団子はこの辺じゃ一番おいしい」

「で、どこの誰だ?」

 栄吉が思い出したように言うと、三郎太もアッという顔をする。

「榎屋さんのお玉ちゃん」

「あの子はまだ十七、八ってとこじゃありませんか」

「いや、お玉ちゃんのおっ母さんだ。榎屋さんのおかみさん」

「紛らわしいな、おめえは」

「すいませんねん亀は万年」

「榎屋さんのおかみさんならまだ四十そこそこだろ」

「そうなんですけどね、どうも大きな腫れものができちまったみたいで」

 悠が渋い顔でお茶をすする。

「そりゃあ良くないですね。それは小さいうちなら手術で切り取ることもできますけど、麻酔をかけても相当痛いらしいですよ。あんまり歳行ってると、痛みに耐えかねて死んでしまうこともあるらしいです。でも暗黒斎先生ならそこら辺は上手くやるんじゃないでしょうかねえ。榎屋さんのおかみさんなら耐えられると思いますよ」

 さすが女郎宿で育っただけのことはある。三郎太とは余裕が違う。

「それがさぁ、暗黒斎先生に匙を投げられたらしいんだよ」

「手遅れって事かい、兄さん」

「そうらしいんだ。馬鹿でっかい腫れものがゴロゴロしてて、もう取り切れないらしい。暗黒斎先生にそう言われたんだとよ」

 栄吉が団子の串をで咥えたまま溜息をついた。

「そりゃあもう、どうにもなんねえよ。お玉ちゃんとおかみさんには気の毒だけど、しょうがねえ」

「しょうがないって言ってもさ、生姜が無ければ茗荷があるってな訳にはいかねえんだよな、お玉ちゃんの立場としては」

 三郎太は湯飲みを干すと、おかわりを入れた。ついでに栄吉と悠の湯飲みにもお茶を追加する。

「あのヤブ医者が言ったんなら間違まちげえねえな。あれはヤブの癖に腕はいい」

「栄吉さん、一言で矛盾するのやめとくれよ。団子が喉につかえちまうじゃないか」

「そうなったらおめえもヤブに診てもらえ」

「冗談止しとくれよ」

 ふいに栄吉がまじめな顔になった。

「あのヤブ医者は自分の治療で治る患者にしか手を出さねえ」

 横では悠が静かにお茶を淹れている。

「暗黒斎は自分で治せると思えば全力で治療をするが、そうでなければ何もしない」

「なんで何もしねえんだよ」

「他の治せる患者が治せなくなるからですよ。暗黒斎先生お一人で診ることができる患者さんの数には限りがあります」

「で、でもよ。ほっときゃ治るようなのはいいとして、手遅れなのはどうするんでぇ?」

「暗黒斎先生ならはっきりと手遅れだとおっしゃいますね」

 取り澄ました顔の悠がサラリと言うが、言っている内容はかなり残酷である。実際のところ榎屋のおかみさんははっきりと手遅れだと言われたらしい。

「ただな、非公式なんだがちょっと小耳に挟んだ話がある」

 三郎太と悠が黙って顔を寄せる。

「暗黒斎は手遅れだと思った時に、相手が『苦しまずに死にたい』と訴えた時だけ紹介してやる医者があるらしい」

「でも安楽死はご法度ですよねぇ」

「安心しろ。あれはヤブだが決まりごとは守る」

 そもそもヤブではないのだが。

「じゃあどうするんです?」

「その医者ってのが、患者が最後に苦しまないように大量の麻酔を投与するらしい。ただそれをやっちまうと薬代がとんでもなく高くつく。だから金持ちにしか紹介できねえ。暗黒斎は手術用の麻酔で手一杯だから、そういうことには手を出したくないらしいんだ」

 目を白黒させて今にも泡を吹いて倒れそうな三郎太にお茶を飲ませて、悠は「でもそれだと……」と独り言ちた。

「麻酔も量を間違えると大変なことになりますよねぇ」

「ああ、最悪死ぬな。だが考えてもみろ、その医者に紹介される患者はすでに手遅れなんだ。病で死んだのか麻酔で死んだのかはわからない。しかも当人が穏やかな顔で死ぬわけだから、本人も残された家族も大喜びって寸法だ」

「で、でも、お玉ちゃんとこのおかみさんは」

「本人が希望したら暗黒斎は紹介するだろうな。榎屋ならそれくらいの金は持ってるだろう」

「なるほどちぎる初なすび……って、なんでおいらが納得してんだよ」

「とにかく少し様子を見た方がいいですよ」

 そう言うと、悠は残った団子を手早くまとめた。

「これ、お恵ちゃんに持って行ってあげてください。お恵ちゃん、兄さんのこと随分心配してたみたいですから」

「悠さん、人生何回目だよ」

「三回目くらいですかねぇ。じゃ、栄吉さん、お邪魔しましたね。あたしも帰りますよ」

「おう」

 悠が栄吉の部屋を出たので、一緒に出た三郎太はそのまま団子を持ってお恵のもとへ向かった。

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