【書籍化】路地裏で拾った女の子がバッドエンド後の乙女ゲームのヒロインだった件【コミカライズ化】
カボチャマスク@ろじうら11月29日発売
第1章
プロローグ
『絆の魔法と聖なる夜会』、通称『キズヨル』という乙女ゲームがある。
このゲームは平民の身でありながら特殊な魔法を扱えることから特例で王族や貴族にしか入学を許されない王立魔法学院に入学したフィーネ・シュタウトが4人の攻略対象と交流し、ダンジョンを攻略してレベルを上げ、最後には『光の聖女』に覚醒して封印から解放された魔王を倒して世界を救い、4人の攻略対象の内の1人と結ばれるという一見すると至って王道なストーリーのRPG要素を含んだ乙女ゲームだ。
しかしこの作品には他の乙女ゲームとは決定的に異なる要素が1つだけ存在する。
それがバッドエンドルート。どの攻略対象とも友好度が一定値に達せず、さらに友人キャラとの友好度も低い状態で2年生になったことで突入するルートなのだが、このシナリオではフィーネのみが扱える聖魔法は「気持ち悪い闇魔法」とメインキャラから嫌悪され、さらには公然と『悪女』と罵倒されたり、陰湿な虐めを受けるなど散々な扱いをされ、そうして最終的に攻略キャラの1人であるアルベリヒ王子に呼び出されたフィーネは、学院を去らなければ故郷の孤児院を潰すと脅され強制選択肢で「はい」と押させられた後、エンドロールではあれだけ明るく純粋だったフィーネが目から光を失った状態で学院を自主退学して1人夜の街に消えるというスチルを見せられるという曇らせ要素しかない鬱シナリオなのだ。
ノーマルルートや攻略対象ルートは良くも悪くも王道的な乙女ゲームのシナリオなのに、このバッドエンドルートのシナリオだけは妙に手が込んでいることから発売後の掲示板では「製作陣が本当に作りたかったのは鬱ゲーなのでは?」と噂され、またこのバッドエンドルートは計画的に全キャラの友好度を上げないように操作しないと見ることが出来ないことから逆ハーレムエンドよりも難易度が高く、「実質真エンディング」とも言われたりもした。
ということでキズヨルは乙女ゲームではなく鬱ゲームとして注目され、明るい純粋で無垢なフィーネが曇らされていく様子を見たいという物好きに購入され、商業的には大成功となったが、ゲーム史の中でもかなり荒れた論争を巻き起こしたりもしたものだ。
……さて、突然どうしてこんな話を始めたのかというと、その理由は俺の視界の片隅で屈んでいる1人の少女にあった。
雨が降る中、ボロ雑巾のように汚れた服を着て、フードを深く被ったフィーネと全く同じ顔をしながらも、その目から光は完全に失われている少女。
ゲーム本編に一切名前が登場しないただのモブキャラでしかない俺は、その日バッドエンドを迎えたヒロイン、フィーネ・シュタウトと出会ってしまったのだった。
◇◇◇
俺ことアッシュ・レーベンには所謂前世の記憶というものがあった。
といっても覚えているのは妹に勧められて『キズヨル』という乙女ゲームをプレイしたということと、そのゲーム知識くらいなのだが。
そしてこの世界にはキズヨルの登場キャラと同姓同名の人物が多いこと、国の歴史が本編の歴史の授業で見たものと同じだということ、そして何より魔物や魔法、マジックアイテムの見た目や名前が完全に同じということからここがキズヨル、またはそれと限りなく酷似した世界だということをすぐに察した。
しかしキズヨルの登場キャラにアッシュ・レーベンなるネームドキャラなんていなかったし、そもそも下級貴族の中でもさらに底辺に位置する家の次男坊の俺には本編のメインキャラは天上のような存在だったのだ。
というわけで貴族の子弟の義務として王立魔法学院に入学させられた俺は、本編シナリオなどガン無視して卒業後に家を追い出され平民になる時に備えレベル上げやアイテム収集に専念することにした。
そもそもキズヨルはよほど頭のおかしい行動をしない限りノーマルルートか適当な攻略キャラのルートに突入して何やかんやあって世界は救われてハッピーエンドになるようになっている。
だからバッドエンドを恐れるなんて杞憂でしかない、そう思って街で買い出しをして学院内にある寮へ帰ろうとしていたのだが……。
(おいおい、待て待て。なんでバッドエンド後のフィーネがこんなところにいるんだよ!?)
俺は思わず口に出してしまいそうになるのを何とか堪えながらフィーネの様子を伺う。
よく見るとボロ雑巾のように見えた衣装はボロボロになった王立魔法学院の制服で、その体にはあちこちに痣などが出来ている。
どうやらフィーネは相当荒っぽい手段で学園を追い出されてしまったようだ。
(……流石にこれを放置して帰るわけにはいかないよなぁ)
そう考えた俺は勇気を振り絞って彼女に声をかける。
「おい、あんた。こんなところにいたら風邪を引くぞ」
「ご心配ありがとうございます。でも結構です。わたしはここで野垂れ死にますから」
フィーネの声は抑揚がなく完全に感情が死んだものだった。
それに一切言い淀むことなく「ここで野垂れ死ぬ」と言ってのけた。
もうこの世に何の未練もないかのように。
(いや、違うな。未練を捨て去るために死ぬ、が正確か)
否定され、侮蔑され、軽蔑され、嫌悪され、そして居場所を失った。
それが今回だけのこと、とは考えられないのだろう。
しかし光の聖女であり聖女神教会の敬虔な信徒でもあるフィーネは自分で死ぬという手段を取ることができない。
だからこの不幸な流れに身を投じることにしたのだろう。
犯されて死ぬのも良し。何も食べられず飢え死にでも良い。病を患って死ぬのも良いだろう。
どちらも平民の若くて美貌のある女ならよくある死に方だ。
「あの、これは?」
「気休めだ。そんなフードじゃ雨粒が当たって痛いだろ。それじゃ」
俺は自分が着ていた制服の上着を彼女に被せると、そのまま魔法学院の寮へと走っていく。
ただのモブで、殆ど平民に近い下級貴族で、しかも卒業後は平民落ちすることが決まっている俺に王子という天上人から捨てられたフィーネを救うことは出来ない。
だがそれでも。この世界は嫌なものばかりしかないと思いながら死んで欲しくない。
そう思ってあんなことをしてしまったのだ。
「バカなことしたなぁ、俺……」
雨風に晒されたことで濡れた服が肌に触るという不快を思いしながら、俺は思考を切り替えて早く学院寮につくことだけを考えた。
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