第65話 復活の女王
ようやく重賞を勝ったことにより、子安ファームに勢いが出て、流れに乗ってきたと感じていたオーナーの圭介。
次のレースは、かつてセールで相馬が「目と歩様がいい」と言い、「1000万円の価値はある」とも言っていた馬。しかし美里に言わせると「中二病的な、黒鹿毛の馬」、アドミラルヒッパーだった。
しかし、その新馬戦。
2006年8月27日(日) 小倉4
ほぼ1週間前の、新馬戦。
ミヤムラオペラが勝ったレースとあまり変わらない条件。
小倉競馬場、芝1000mのスタート地点は向こう正面の真ん中左寄り。3コーナーまでの距離は280mとやや短め。3~4コーナーはスパイラルカーブで下り坂になっている。芝コースの高低差は3m。
最後の直線は約293mと短く、ほぼ平坦。このコース自体、あまり使用されていないマイナーなコースだ。
しかし、3番人気、単勝5.0倍に推されていた、アドミラルヒッパーはと言うと。
「3着はアドミラルヒッパー」
勝てなかった。
新馬戦で未勝利、3着。悪くはない成績かもしれないが、圭介は眉をひそめて、同じくラジオを聴いていた相馬に振った。
「相馬さん。提督、あっさり負けましたよ」
その物言いには、言外に「あなたが推したのに」という不満があった。
しかし、相馬はそれに対し、ひるまずに、一言、
「まだ早いですね」
と返してきた。
「早いとは?」
「彼が成長するには時間がかかります。そうですね。恐らく4歳か5歳になると成長するでしょう」
予言めいたことを呟く相馬に、圭介は不思議がっていたが、美里は、
「まあ、所詮、中二病よね」
とあっけらかんと言い放っていた。
「別に中二病じゃない」
「中二病よ。名前がね」
そんなやり取りがあり、結局、このアドミラルヒッパーは、将来性もわからないまま、未勝利戦へ移行することになる。
そして、勢いが止まったかのような、まるで「暗雲」が立ち込めたようにも思えたこの状況で、「彼女」が現れた。
2006年9月30日(日) 阪神11
(※現在は、ダート・1900m、あるいは2000m)
このレースに出走するのは、ミヤムラジョオウ。子安ファームとして初めて入手した、記念すべき馬だが、オープンクラスに上がってから、小さなレースでは勝っていたが、重賞では1勝もできず、もう引退か、と思われていた。
この時、7歳。競走馬としてはもう「上がり目」がない、と言われても不思議ではない年齢だった。
前走と同じく、北海道から離れた関西ということで、この日、圭介は元々、わざわざ関西まで行くつもりはなかった。
ところが。
「このレースは行った方がいいですぜ、兄貴」
いつになく真剣な表情で、彼を諭すように提案してきたのは、他ならぬ相馬だった。
もちろん、相馬に対し、半信半疑で、怪しんでいる圭介は、
「何故ですか?」
と問いかけたが。
相馬は、競馬新聞を見ながら、
「馬体が非常に仕上がってます。前走からの勢いもあります。今度こそやってくれそうな気がします」
と自信満々に呟いた。
そのミヤムラジョオウの前走は、7月に行われた、GⅢ、プロキオンステークスで3着だった。その前のGⅡ、東海ステークスでは5着だった。(※東海ステークスは当時、5月末に開催)
やはりどうも「気乗り」がしない圭介だったが、
「あんたが行かないなら、私だけでも行く」
と、珍しく美里が乗り気だったこともあり。
「仕方がない。行くか」
とようやく重い腰を上げ、飛行機のチケットを3人分予約する。
そして、関西に飛んだ。
阪神競馬場、ダート1700mは、右回り。最後の直線は約353mで、ダートコースとしては長め。途中に高低差1.8mの急坂がある。
また、コーナーを4つ回り直線の急坂を2回走る為、パワーと器用さが求められるコースと言える。
ミヤムラジョオウは、単勝9.5倍の4番人気。5枠9番。鞍上はベテランの清川十蔵という騎手だった。
1番人気は、前年の武蔵野ステークスを制していた、ヘルキャット(牝・5歳)だった。これが単勝2.3倍の1番人気で、3枠5番に入る。
馬柱的には、もちろんヘルキャットに◎が複数ついており、ミヤムラジョオウは〇と△が中心だった。
しかし、実際に関西の阪神競馬場に行ってみると。
「確かにパドックで見る限り、調子は良さそうですね」
圭介が実際にパドックで様子を見ると、ミヤムラジョオウは落ち着いて見えたし、馬体も絞ってあり、馬体重は460キロくらい。前走からマイナス6キロほど。
馬主エリアに移動し、観戦することになる。
GⅢ特有のファンファーレの後、スタートとなる。
GⅢで、かつそれほど注目に値するような、実績がある馬もいなかったので、実はこのレース自体、さほど期待値は低いレースだった。
ところが、観客はそこに異様な物を目撃することになる。
「スタートしました。先行するのは……」
いきなりスタートから、姿が見えない。
と、思ったら、ミヤムラジョオウはなんと最後方にいた。
「いきなり最後方ですか。大丈夫ですか?」
圭介が思わず天を仰ぐが、隣にいた相馬は眉一つ動かさず、
「大丈夫です。恐らく作戦です」
とだけ短く言って、食い入るようにレースを見つめていた。
その相馬の言葉通り、最後方からじっと脚を溜めるような競馬を続けるミヤムラジョオウ。一方、1番人気のヘルキャットは早くも先行集団に取りつく。
そのまま、3コーナーを周り、最終の4コーナーを回った辺り。
「さあ、先頭に立ったのはヘルキャット」
やはりというべきか、予想通り、ヘルキャットが頭一つ抜け出て、さらに2番手に3馬身も離して、最後の直線に入る。
砂煙が上がる中、この最後の長い直線、350mほどに差し掛かる。
そして、馬群の中に沈んでいて、どこにいるのかも一瞬わからなかった、ミヤムラジョオウが、
「ここで、ミヤムラジョオウが抜けてきた」
という実況の声が合図となったかのように見えた。
「ミヤムラジョオウが抜けるが、前にどれほど迫れるか」
確かに、残りの距離と先頭までの距離を考えると、これは厳しいと言わざるを得ない、と誰もが思うだろう。
ところが、
「残り200m。外からミヤムラジョオウが凄い脚で追い込んでくる!」
残り200m付近から、いきなり急加速したように見えた。
それも恐ろしいほどの末脚で、一気に迫る。外から文字通りの「ごぼう抜き」を見せていた。
「前を捕らえるか。先頭、いまだにヘルキャット!」
残りの距離はわずかに100mほど。
「捕らえたか! ミヤムラジョオウだ! 今、ゴールイン!」
ギリギリだったが、見事に先頭を捕らえて、差し切ってゴールイン。まさに最後の直線に「賭けた」直線一気の末脚だった。
1着だった。
7歳にして、彼女はようやく重賞を初制覇したのだった。
通常、競走馬で7歳から覚醒するというのは滅多にない。
まさにかつて関係者が言ったような「大器晩成型」の片鱗を見せつけていた。
「おおっ。マジで勝ちましたね」
「ええ。ですから、彼女は大器晩成型なんです」
「すごいですね、相馬さん」
思わず叫ぶ圭介、答える相馬、そして驚く美里。
レース後に、口取り式に参加し、それが終わると、例の記者が駆け寄ってきた。
「オーナーさん。インタビューよろしいでしょうか?」
都スポの石田だった。
ちなみに、競馬アイドルの緒方マリヤは来ていなかった。
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