第45話 衝撃のデビュー
子安ファームにとって、厳しい「冬の季節」から暖かい「春の季節」に移る「追い風」が吹いているような状況が続いた。
続いて、デビューするのは同じく美浦所属で、美里が贔屓にしていた「ミヤムララベンダー」だった。
彼女自身が、セレクトセールで惚れ込み、獲得を熱望した馬だったから、もちろん彼女自身が一番期待していたが。
「よりによって、お盆の時期とはね」
彼女のデビューは8月15日。ちょうど、お盆の時期であり、公共交通機関の料金が「一番高い」時期だった。
おまけに飛行機の座席も取りにくい。
だが、圭介は何とか3座席分を確保し、いつものように美里と相馬を連れて、新潟に向かうことになった。
新千歳空港から新潟空港に飛び、一泊。もっとも新潟空港から新潟競馬場までは実はかなり近い。
2004年8月15日(日) 新潟5
いつも、デビューの時に「晴れ」に恵まれる彼ら。
「私が晴れ女だからよ」
と、美里は得意気に主張していたが、圭介は内心、
(と言うより、俺が晴れ男だ)
と思っていた。事実、旅行に行っても、圭介は不思議と雨に当たることが少なかったからだ。
新潟競馬場、ダート1200mは 左回りで、高低差がほとんど無い平坦なコースだ。直線はダートでは長めの約350mある。
坂が無いのが影響し、逃げ・先行が有利と言われる。芝からスタートするコースで、芝部分が外側の方が長い為、外枠が有利。スタートから最初のコーナーまで長いのでこの傾向は強いと言われる。
ミヤムララベンダーは、12頭立てのレースの中で、2枠2番。単勝3.2倍の1番人気だった。スポーツ新聞の馬柱には、◎と〇が躍っていた。彼女もまた幼い頃は濃い色がついていたが、成長するに従い、芦毛になっていたから、コヤストツゲキオー同様に目立っていた。
「ほら、やっぱりこの仔はすごいのよ」
と、美里は得意気になっていたが、圭介は、
(何が『ほら』なのかさっぱりわからん)
と思っていた。
そして、やはりと言うべきか。
「ちーっす。約束もしてないのに、出逢うなんて運命を感じるよー」
特徴的な馬のキャラが描かれた帽子をかぶって現れたのは、もちろん坂本美雪だった。
渋い表情を浮かべる美里に対し、圭介は笑顔で、相馬は複雑そうな表情で対応する。
「美雪さん。久しぶり。運命って言うか、ただ単にあなたが競馬好きなだけでしょう」
「つれないなあ、オーナーくん」
甘えたような声を上げる坂本に、予想を聞いてみると。
「もちろん、ミヤムララベンダーだね」
はっきりと自信満々に声を張り上げていた。
理由を聞くと、
「トモに張りがあるし、何より賢い仔だよ。多分、楽勝だね」
彼女は微塵も疑ってはいないような口調で主張していた。
パドックを見て、相馬も納得したように、
「馬連と3連複で賭けました」
と言いつつ、ミヤムララベンダーを「軸」にして複数賭けていた。
いよいよレースが始まる。騎手は
「スタートしました」
スタートから、ミヤムララベンダーは
「好位の一角、
実況の声は最初こそ穏やかなものだった。
だが、最終のコーナーを回った辺り。
内埒沿いからじっくりと機会を伺い、と言うよりも「進路」を探っていたようなミヤムララベンダーと鈴置騎手。
ここで、ちょうど彼女の前方の「進路が開いた」。
瞬間、彼女は空いた空間にするすると滑り込むように進出していた。
「さあ、ここで抜けて行ったのはゼッケン2番のミヤムララベンダー」
「後続を突き放す。3馬身、4馬身、5馬身!」
実況の声が次第に興奮気味に高まっていくのを、圭介も美里も相馬も、そして坂本も聞いていた。
彼らはそこに信じられない物を見た。
ライバルたちを物ともせず、と言うより、ほとんど「子供扱い」するくらいに突き放し、圧倒的なレースを展開。
もはや勝ちは揺るがなかった。
「先頭、ミヤムララベンダー、今ゴールイン! 圧勝です」
圭介は初めて見たその光景に「感動」すら覚えていたし、美里にいたっては感極まって泣きそうになっていた。
結局、最終的に2着に5馬身も引き離した圧勝劇であり、彼らにとって、自分たちの馬が「初めて」圧勝した瞬間でもあったのだ。なお、2着との差が2.1秒も開いており、まさに文字通りの「独り舞台」だった。
「いやー。すごいねえ、ミヤムララベンダー。これはあたしの想像以上だわ」
圭介たちによって、馬主席に招待されていた坂本美雪が明るい声を上げていた。
「やっぱり、ラベンダーすごいわ!」
「ああ。期待が持てるかもな」
美里が珍しく興奮気味に声を上げ、圭介が応じる。
そして、例によってオーナーや関係者による「口取り式」に参加した時のこと。
今度は、鈴置騎手と初めて対面する。
鈴置歳朗騎手は、1965年産まれの39歳。
茨城県出身で、短い頭髪と、少し彫が深い顔立ちが特徴的な男だった。もしかしたら、西洋人の血でも入っているのかもしれない。
そして、
「いやー、ミヤムララベンダーはいい馬ですな。鞭すら使わず、持ったままで勝ちましたよ」
性格が非常に明るかった。
明朗快活で、よくしゃべる。
「ありがとうございます」
と答えるオーナーの圭介に対しても、
「あなたがオーナーさんですか。私、この馬、気に入りました。出来ればこれからも乗せていただけると嬉しいですな」
と、遠慮なく意見を言ってきた。
「考えておきます」
と、言葉を濁す圭介にも、
「まあ、別にただの願望ですから、確約はしなくていいですよ。それにしても、賢い馬ですね」
彼は、ミヤムララベンダーを心の底から褒めているように見えた。
この鈴置騎手との出逢いが、彼ら子安ファームにとって、大きな「転機」となるのだが、それはまた別の話になる。
こうして、彼らには「追い風」が吹き始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます