第43話 戦車将軍
同年7月。
また今年もこの季節がやって来た。
セレクトセールだ。
去年は、フォーゲルタールとアウレリアの仔、ヴィットマンを入手したが、その年の注目株は。
1999年に日本ダービーを制覇した、ソードフィッシュの仔と、GⅠ3勝の名馬、メッサーシュミット、さらにGⅠこそ勝ってないが、重賞4勝のスターリングが注目されており、前評判では8000万円から1億円は固いと言われていた。
そんな中、いつも通り、金欠の子安ファームは、またも格安馬を狙うことになる。格安で、かつ将来性が見込める馬を、コツコツと狙うしかないのが現状だった。
すでに、資金難に陥り、残金が減っており、長沢春子から3000万円を借りたとは言え、彼らには余裕がなかった。
「今年は500万円以下で」
いよいよ残金の底が見えてきた圭介は、指示する。
今年も美里と相馬を連れてきていた。
そして、彼らは。
「フリードリヒとエデルガルトの仔、エデルガルトの2003がいいですね」
相馬の弁だ。
相馬によれば、父・フリードリヒは重賞に1勝、母・エデルガルトは血統がいいらしく、インブリードだという。
ヴィットマンと同じく外国産馬、ドイツ産まれだった。
一方で、美里は、
「うーん。500万円以下だと、厳しいかな。私は今回、パス」
と、完全に
その年もまた、山寺や長沢が来ていたが、彼らはもちろん、高額馬狙いだから、ある意味、子安ファームと直接当たることはない。
そのため、圭介は、声の通る美里に、またもセリを指示した。
「エデルガルトの2003、入ります」
セリ前に見た感じでは、エデルガルトの2003は丈夫そうに見えたし、黒鹿毛に特徴的な前髪のような
見た目には、美しく、凛とした雰囲気を感じる馬だった。
「50万円!」
「100万円!」
「150万円!」
ある意味、この手のレースでは、非常に低レベルな争いになっていた。
見ると遠くでは、山寺が鼻で笑うように、見下したような笑みを浮かべ、このセリの様子を伺っていた。
そんな中、
「250万円!」
美里の鋭い声が会場に響き渡った。
「250万円、入りました。他にいませんか?」
会場は、静まり返る。というよりも、このセリ自体が注目を浴びてはいなかった。
「では、子安ファームさん、250万円で落札です」
カーンという音と共に、司会が決断を下し、格安の250万円で彼らは、その馬を入手することに成功。
実際、その後に迎えに行くと。
黒鹿毛の凛々しい馬で、1歳だが、1歳と思えないくらいの「貫録」のような物を圭介は感じていた。
(大物感がある)
とすら感じたが、それはこの幼駒が、落ち着いており、暴れたり、怯えたりと言った雰囲気を全く感じなかったからだ。
通常、レースはもちろん、1歳なら人に慣れていない馬も多い。即ち、人を怖がったり、場合によっては鞍をつけたり、
生産者や馬主は、まず彼ら馬に「人に慣れさせる」ことから教えないといけないことが多い。
ところが、この馬は1歳にして、すでにどっしりと構えているように、落ち着き払っていた。
それを見た相馬が、低い声を絞り出すように呟いた。
「父の名前はフリードリヒですか。では、名前はグデーリアンでどうでしょう?」
「グデーリアン? またドイツ風の名前ですね」
美里は、首を傾げるが、圭介はもちろん「わかって」いた。
「戦車将軍ですか。カッコいいですね。貫録がありますし、いいのでは」
「グデーリアンって、誰?」
「お前、グデーリアンも知らんのか?」
「だから、知らないって。私は軍事オタクじゃない」
「ふっ」
バカにしたような冷笑を浮かべ、圭介は美里に説明を始めた。
「ハインツ・グデーリアン。第二次世界大戦の時に、ドイツ軍の機甲戦戦術を生み出したと言われる天才だぞ。戦車部隊運用の先駆者と言われている。あだ名は『戦車将軍』とか『
その一言に、美里はいつものように呆れたように両手を空に上げていた。
「名前で勝てたら苦労しないって」
一方、名付け親とも言える相馬は、
「では、グデーリアンで。呼び方は、『
と勝手に決めてしまう。
「閣下!」
「グデーリアン閣下。我らに勝利を!」
大の男二人が、揃って馬に敬礼していた。
昨年のセレクトセールで、ヴィットマンに対して、2人が取った態度とほとんど変わらない様子を見て、美里は笑いもせずに、
「やっぱバカみたい」
と呟いていた。
戦車将軍、グデーリアン。
デビューは翌年になる。
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