第41話 運命の種付け
同年5月。
この年もまた、この季節がやって来た。種付けだ。
オーナーブリーダーにとって、この「サラブレッドを生産する」イベントは、最大限の注意を払い、なおかつ最大の楽しみでもある。
しかも今年は、去年入手したナイチンゲールがいるから、最低でも2頭種付けが出来る。
この年、注目株のサラブレッドの種牡馬は、もちろんいっぱいいたが、例によって金欠の子安ファームには、高額の種牡馬を種付けするだけの種付け料が払えない。
サラブレッドの種牡馬は、活躍すればするほど、種付け料が高額になり、数千万円や1億円を超えることもある。
そこで、また圭介は美里と相馬に相談することにした。
ところが、この年は、相馬はどうも乗り気ではなかった。
理由を聞くと。
「どうも今年は俺の眼鏡に叶う馬がいなくてですね」
と言って、渋い表情をしていたが、圭介にはそれが本心なのか、わからなかった。
代わりに、乗り気だったのは、美里だった。
彼女が例によって、ノートに調べて書き込んできたのは、栗毛が特徴的な綺麗な馬で、
デヴァステイター
と言う馬だった。
アメリカ産の馬だったので、海外の競馬事情に詳しくない圭介と相馬は知らなかった。
デヴァステイターは、英語で「破壊者」を意味する。物騒な名前だが、1999年にアメリカのGⅠ・ベルモントダービー招待ステークス(芝・2000m)で3着、2000年に同じくアメリカのGⅠ・マンノウォーステークス(芝・2200m)で1着になっていた。
アメリカの競馬は、伝統的に芝よりダートが盛んなのだが、それでも大した成績を残していた。
特に、マンノウォーステークスは、歴史と格式があるレースだから、実績は十分だったし、血統も2代前に名種牡馬がいた。
「確かにすごい馬だけどさ。これ、種付け料いくらだ?」
「500万円よ」
美里の口から聞くまで半信半疑だった圭介だったが、国内の有力馬では、高すぎて手が出なかったのに、海外の方が安いのには驚いていた。
だが、一応、理由があるらしい。
「体があまり丈夫じゃないみたい」
なるほど、と圭介は納得した。
通常、体調面や気性面に問題がある種牡馬は種付け料が下がる。しかも500万円の格安だと、それ以外にも理由があるのかもしれない。
だが、
「背に腹は代えられない。内国産じゃないが、この際、我慢するさ」
と、圭介が決意した理由にからむが。
内国産と言って、国内産の馬の場合、JRAにおいて「内国産馬奨励賞」という追加賞金がもらえる。
つまり、海外産であるこの馬の仔は、これがもらえないのだ。
しかも、100万円や300万円でもGⅠを勝った馬というのは、過去にいる。それに比べたら、500万円は、確かに安いが思ったほどの格安ではなかった。
ということで、今年のメインは、このデヴァステイターに決まった。相手はナイチンゲールに決まる。
なお、サクラノキセツは、他の馬と交配させる。
「TBD デヴァステイター。アメリカ海軍が太平洋戦争前期に使用した主力艦上攻撃機ですな」
「ええ。雷撃機とも言えますね」
「相変わらず、2人とも軍事オタクね」
美里が呆れる中、相馬と圭介は、軍事話に話を咲かせていた。
種付けは無事に終了し、その仔が1年後に産まれるのだが、これがやがて「運命の仔」となるのだった。
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