ラッキーオーナーブリーダー

秋山如雪

第1章 幸運か不幸か

第1話 平成の奇跡

※この物語は、フィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。また、「平成時代」を扱っているため、現在では不適切な表現が一部ある可能性がありますが、時代に合わせるため、そのまま使用します。あらかじめご了承下さい。


※また、あくまでもフィクションであり、実際、このような方法で馬主になれることを保証するものではありません。というか、多分なれません。


※基本的に実際の競馬史と異なるパラレルワールドです。実在の競走馬・騎手・調教師などは一切出てきません。


 平成9年(1997年)1月4日。


 19歳の大学生、子安こやす圭介けいすけは、自身の手の中にある「物」に目が釘付けになり、頭の中は真っ白になっていた。


(ちょっ。これマジ! えっ。どんな冗談?)

 昭和52年(1977年)11月に北海道札幌市に産まれ、そこで小中高と過ごし、地元で大学生になって半年以上。誕生日は11月だからまだ19歳の若者だった。


 その手にあった物。

 それは、前年の年末ジャンボ宝くじの券だった。

 ちなみに、通常、年末ジャンボ宝くじの当選は年末の12月31日に行われるが、杜撰ずさんで、かつ「当たると思っていなかった」彼は、実家に帰省していた数日は放置していた。


 当選番号と新聞の数字を何度も見比べる。


(あれ? えっ、冗談だよね? えっ!)

 人間は、自分の想像の範囲を越えた状況に陥ると、驚くより「思考が停止する」。それほどの驚愕的出来事だった。


 何しろ、その配当金は。


―1等、1億円(※当時の1等賞金)―


 彼は、目が血走って、瞬時に青ざめていた。


 一度、冷静になりたくなって、部屋の中で仰向けに倒れ、天井を見つめ、深呼吸してからもう一度、新聞に目を走らせる。


(ま、間違いない)

 何度、桁数を数えて、見比べても間違いがなかった。


 そして、思った。


 彼は、幸い、実家を離れて一人暮らしをしていた。実家は同じ札幌市にあったにも関わらず、一人っ子で、過保護な親元から離れたがっていた彼は、大学入学と同時に、半ば強引に学生寮に移り住んだのだ。


(ヤバい、ヤバい。こんなことが友達や親に知られたらどうなるか)


 たかられる、どころの騒ぎではない。


 思考が一瞬、停止し、次の瞬間には、驚くべき頭の回転の速さで、この「一生分の幸運」の使い道を探った。


(世界一周旅行。いやいや、世界一周でもお釣りが来る。一生働かなくても生きていける? いやいや、それはダメだろ)


 だが、悩んだ末に、唯一思ったことがあった。


(せめて親には知られたくない。特に母親には)


 彼の母は、過保護であり、また「おしゃべり」だった。札幌市内でも郊外の丘の上に実家があった彼の家。隣近所とは古くからの知り合いだった。

 田舎は、たちまち噂が広まる。


(お宅のところの息子さん、1億円も当たったんですって)

 3日もすれば、町内に広まりかねない。


 こめかみを指で押さえ、彼は悩んだ。


 特別、ハンサムガイ(今で言うイケメン)ではなかったが、かと言ってブサイクな太った男でもなかった、圭介は、細身で長身。見方によっては、「いい男」にも見えるし、サラサラの髪が特徴的で、細いフレームの眼鏡をかけていた。


 一人だけ、頭に浮かんだ人物がいた。


 いたが、そいつに話すことは躊躇すべき、と判断した。

 何故なら、


(あいつは口は堅いが、面倒臭い)

 あいつ。


 その人物が、後に彼の人生を変えることになる。


 彼は数十分、いや恐らく1時間くらい悩んだ。

 その間、インターネット ―まだ日本におけるインターネット普及人口率が9.2%で、ADSLさえないダイヤルアップ接続だった― に繋ぎ、「宝くじ 使い道」で検索した。


 だが、やはりそこには恐ろしい文字が翻っていた。


―宝くじに当たって、人生転落!―

―宝くじに当たったのに、人生が不幸に!―


 そう。高額配当金が運良く当たったからと言って、その後の人生が幸せになるとは限らない。

 むしろ不幸になる人が多いのだ。


 だが、このまま悶々としていても、一向に解決しないし、恐らく自分一人の決断では、「使い道を誤りそうだ」。


 そう予感した圭介は、渋々ながらも携帯電話を手に取った。

 現代のように便利なスマホなどない時代。

 あったのは、ネット検索すら出来ない、まるで固定電話の子機のような、小さくて白黒の液晶画面がある携帯電話だった。


 登録されている先のボタンを押す。


 数コール後。


「はい」

 不機嫌そうな声が響いてきた。声の主は、若い女性だった。

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