62 重たい本

 商人ギルドから5分もかからず辿り着いた本屋は明り取りの小さな窓しかなく重そうな扉の無骨な店構えをしていた。

 中に入ると魔導具の明かりがあっても薄暗く本棚が所狭しと並んでいた。

 自分で探すのは無理そうなので入口近くのカウンターに座っている老人に話しかけて目的の本の在処を聞いてみる。



「薬術に関する本を一通り探しているんですが何処にありますか?」


「下級、中級、上級の毎年発行される物と個人が書いた教科書に誰かのメモ束なんてものもあるけどどれを買う?」


「毎年発行される物は最新の物と10年くらい前のものと一番古い物の3種類、教科書はお勧めを1種類、メモ束は全て欲しいですがいくらになりますか?」


「3種類も買ったって殆ど内容は変わらないがそれで良いなら下級が一冊金貨1枚、中級が金貨5枚、上級が金貨10枚だ。

 教科書が金貨2枚とメモ束はまとめて金貨1枚にまけておこう。」


「全部で金貨51枚ですか、中級上級書がそんなに高いとは思っていませんでしたが殆どということは違いがあるんですよね?なら全部頂きます。」


「まじかよ本当に買うのか、薬師ギルドの決まりで薬術書の値引きは出来ないが売れない在庫も捌けるしメモ束の分をまけて50枚でいいぞ。

 ただし内容が全く同じだったなんてクレームは受け付けないからな。」


「はい、ではこれで。」



 店主が宝石までは使われていないが羊皮紙と木で表紙を作られ金や銀で装飾がされた重そうな本を集めて来てくれている間にカウンターに金貨を積んで交換で本を受け取る。

 早速3分の1を使ってしまったが前に読んだ小説に自分の功績のために効率の悪い手順に内容を差し替える場面があったりしたので余裕はあるし対策はしておいて損はないだろう。

 また王都まで来るのも面倒だしな、まさかこんなに高いとは思っていなかったけど…



「まいどあり、欲しいものが出来たらまた来ておくれ歓迎するよ。」



 店に入った時の仏頂面から一転笑顔で見送られて外に出る。

 後は薬師の師匠になってくれる人と買付と店舗管理してくれる商人の二人が手に入れば薬屋も開けるな。

 奴隷商に行っていい人がいないか探してみるか、準備部屋も広げておかないとな。

 次の拡張は4万だけど薬師の道具を置くなら5万追加でもう1段階広げておこうか35畳の大部屋なら人数が増えても大丈夫だろう。

 事前にタイラーさんに聞いていたお勧めの奴隷商の1つに向かう、本屋に入ってから気がついたが店に入るには人数が多すぎるのでクルスとシドーだけ連れてネヴェア達には屋台で美味しそうな物を買っていてもらおう。


 レオゲンの街の奴隷商会は周囲の影響もあり据えた匂いがしていたがこちらの店は見た目も綺麗で変な匂いもしていない。

 中に入ると同じ様に商人が話しかけてきて個室に案内される。



「ようこそおいで下さいました、私ローマンと申します。今日はご購入でしょうか売却でしょうか?」


「購入ですね、女で薬師の経験ある者と薬の販売や素材の購入を任せられる2人を探しています。予算は金貨50枚くらいですかね。

 あ、手足を失ってるような重症者でも問題ありません。」


「おお、それでしたら丁度手を失って仕事ができなくなった薬師の女性がおりますよ!店番が出来る者もその店の店員がおりますのでそちらを連れてきましょう。

 それでは候補の者を連れてまいりますので少々お待ちくださいませ。」



 奴隷を連れてくるために部屋の外へ出たローマンと入れ替わりに茶器を入れたカートを押して女性が入ってきた。

 美人ではあるがキツめのツリ目をした出来る秘書のような様相をした女性の首には隷属の首輪がつけられているのでこの人も奴隷なのだろう。

 カートの上で色々と面倒な作法で紅茶を入れてこちらの好みを聞いてきた。



「砂糖はいくつお入れいたしますか?」


「では2つづつ頼みます。」


「承知致しました、それでは失礼致しますもう少々お待ちくださいませ。」



 角砂糖をカップに入れて音も立てずにスプーンで混ぜた後俺とクルスの前に紅茶とシュガーポットが置かれた。

 試しに一口飲んでみると香りは強いが少し渋みがあり味は薄めかもしれない、普段ペットボトルのミルクティかレモンティしか飲まないからもっと甘くても良かったかも知れない。

 クルスに好きに飲んでいいと伝えた後砂糖を追加してカチャカチャと混ぜていると扉がノックされた。



「お待たせ致しました、今店内にいる者ですとこちらの4人が条件に合うかと存じます。

 残念ながら薬師は1人しかいないのですが商売を出来る者を3人連れてまいりました。

 途中、茶を持ってきた者も商品ですので気に入って頂けましたら御一考下さい。」



 一人は頭頂部が黒くなっている金髪そばかすの女性で次が茶髪の一番年長の女性、次が赤髪の若い娘で最後に少し緑色が入った綺麗な金髪をしたエルフの女性が部屋に入ってきた。



「左からハーパー23歳元商人の非処女で金貨2枚、次がミーラ27歳元商人で未亡人の非処女で金貨2枚、次がベラ17歳元薬屋の店員をしていた処女で金貨3枚、最後にエルジー年齢は分かりませんが処女で元薬師のエルフが金貨40枚となっております。

 両手の手首から先を失い複数の場所に火傷を負っていますが知識は豊富で上級ポーションの調薬も行えます。

 ただ調薬を失敗することがあり最後の調薬も上級ポーションを作っていたら何故か大爆発して自分の店ごと爆発、周辺の店にも被害を出した弁償代で奴隷落ちした経緯がありまして。

 自分で作らせるのは無理かもしれませんが教師役にはなるかと思います。」


「そんな危険人物が40枚は無いでしょう、折角のエルフでも顔や身体に火傷後が残ってますし上級ポーションを使おうにも前回のオークションは金貨160枚だったらしいじゃないですか。

 出せても精々20枚が良いところでしょう。」


「いえいえ火傷は中級ヒールを掛けていただければ治りますので金貨1枚ほどで治ります、この者はエルフとしてもかなり美人でして流石にそこまで安くすることは出来ませんがそうですねでは35枚ではいかがでしょうか?」


「うーん、薬師の教師役にしても弟子まで爆発されては困りますし私の必要とする条件とは合わなそうです。

 残念ですが今回は他を探してみようと思います。」



 エルフは気になるし火傷の残った顔を見ても美人なのが伝わってくるので買ってもいいのだが花の蜜と水を混ぜるだけで爆発するような危険人物に店を任せるのは怖いよな。

 他の3人もあまり好みではないし次の店に期待してみよう。



「お待ち下さい!では同じ店で働いていたベラをお付けして金貨35枚、いや33枚ではどうですか?エルフがこんなに安く手に入る事などもうありませんよ!」



 思ったより必死に縋り付いてくる姿に怪しさが増してくる。

 予算を50枚と言ったから吹っ掛けてきただけだと思っていたが他にも何か罠がありそうな気がする。



「そこまで言われるのでしたら合わせて30枚なら買おうと思いますが何か私に言っていないことがあるんじゃありませんか?」


「おお!ありがとうございます。そういえばこの者から事情を聞いてもだんまりでしたが調薬が失敗するのは呪いのせいではないかと噂が流れていたことがありましたな。

 治療をした聖職者の方は何も言っておりませんでしたので大丈夫だと思いますがもしかしたらそういう物が残っている可能性もあるかもしれません。」



 そう言うと大急ぎで契約書の用意を始め俺にも金を準備するように急かし始めたので言われるまま金貨を机に並べて契約書にサインをする。



「ではでは、今から譲渡を行ないますので首輪の宝石に魔力を流して頂きたい。」


「分かった。」



 商人が譲渡を宣言してすぐに魔力を流して繋がりが出来るのを確認する。

 取引が無事に完了し笑顔で契約書を片方渡して来た商人に玄関まで案内され外に出ると近くの路地に入りゲートを開く。

 待機していたインキュに2人にシャワーの使い方を教えて体を洗うように伝えると、王都に戻りネヴェア達と合流するために屋台が並んだ大通りを探し始める。

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