2日目②
「うぅ・・・」
「や、やっと泣き止んだか・・」
女が泣き喚き始めてから数分後、無限かと思われた彼女の涙はついに枯渇した。今は少し落ち着きを見せながらも自身の状況を把握したのか、恥ずかしそうに頬を赤く染めている。
「・・・泣いてなんかないわ」
「いやさすがにそれは無理だろ。子供みたいに泣き喚いていたじゃないか」
「うぐぐ・・・」
「それにしても、ちょっと煽られただけで泣くなんてな。お前、そんなに打たれ弱いならあんなでかい態度とるなよ」
「し、仕方ないでしょ。今まで言い返してくる人間なんていなかったんだから」
嘘だろ。あんな傲慢な態度をとっていたのに注意する人間が一人もいなかったのか?・・・ネルガー家がうんたらかんたらとか言っていたが、もしかしてこいつ、めちゃくちゃ偉いんじゃ・・・。
「な、なぁ。もしかして、ネルガー家って偉いのか?」
「はぁ!?あんたネルガー家を知らないの!?やっぱり馬鹿じゃない!」
「僕は馬鹿じゃない。ただ知らないだけだ」
「何よそれ・・・。まぁいいわ、教えてあげる。ネルガー家はゼスト王国が誇る四大貴族家の一つで、由緒正しき公爵家よ。そして私は現ネルガー公爵の娘、ララ・ガトー・ネルガー」
「こ、公爵家・・・」
公爵家。確か王族の次に位置する地位だったような。まさか、泣かせてしまった女がこれほど大物だったなんて・・・。まずいな、下手したら不敬罪で死刑なんてこともあるんじゃないか?どうにか誤魔化さなければ。
「ま、まぁ公爵家がなんだと言われても関係ないさ。今の僕たちはただの二人の冒険者、しかも同期の仲間だ。違うかい?」
「同期の、仲間・・・」
「そうだ。同期の仲間だ。貴族の地位なんて関係ない。だろ?」
「地位なんて関係ない同期の仲間・・・。な、なかなかいい響きね。ほ、褒めてあげるわ」
そう言うとララは恥ずかしそうにそっぽを向いた。あれ?なんか凄くいい雰囲気が漂ってる。二人のライバルが互いを認め合ったような、そんな雰囲気だ。これなら僕が彼女にした不敬の数々を本当に誤魔化せるかもしれない。
「というか、あなたも名前を教えなさいよ・・・」
「あぁ、そうだな。僕の名前はミナミだ。よろしく」
「ミナミね。さっきも言ったけど、私の名前はララよ。・・・よろしく」
ずっとそっぽを向いたまま僕に話しかけてくるララ。彼女の頬は薄いピンク色に染まっていた。
「なぁ。答えなくてもいいんだけどさ、一つ気になることがあるんだ」
「・・・なんで公爵家の私が一人で冒険者なんかやってるか、でしょ?」
「あ、あぁ。別に嫌だったら答えなくていいんだ。そりゃ言いたくないことだって人にはあるし」
「別にいいわ。もう知れ渡ってることだから」
ララは悲しいような寂しいような、そんな複雑な表情を浮かべながら自身のことを喋り始めた。
「現ネルガー公爵の娘といってもね。私は本来産まれないはずの、産まれてはいけなかった存在なのよ」
「産まれてはいけなかった存在・・・?どういうことだ」
「貴族は事前に決められた数しか子供を産まないの。それは無駄な後継者争いを防ぐため。身内同士で争い国力を低下させるほど馬鹿らしいことはないから」
「・・・つまり、ララは事前に決められた子供の数に入っていなかった。何かの不手際でネルガー公爵が産んでしまった、言わばイレギュラーな存在。そういうことだな?」
「そうよ。父は屋敷のメイドに手を出したの。ただ、これは別におかしな話ではないわ。どの貴族家でもよくある話。でも、避妊魔法を使っていたはずなのに、何故かそのメイドは孕んでしまった。そして、私を産んでしまったの」
「そうか・・・」
ララに対する僕の認識は傲慢な女から一転、哀れな少女になってしまった。彼女よりレベルを上げてやり返すという覚悟をしたばかりというのに、なんだか出鼻を挫かれた気分だ。これではあまりに可哀想でやり返す気にならない。
「ふふ。そんな悲しそうな顔をしなくていいわ。私は産まれてはいけなかった存在だけど、それでもネルガー家は私を育ててくれた。確かに放置気味だし、冒険者になることも特に止められなかったけどね。でも、私は一般的に見れば贅沢な日常を送っていたわ」
「それならいいんだから・・・でもそうか。中途半端な立場が傲慢で繊細というクソみたいな性格を生み出してしまったんだな」
「あんた喧嘩売ってるでしょ」
「当店の喧嘩は売り切れです」
「はぁ・・・曲がりなりにも公爵家の血縁である私にここまで好き放題に言う人間はミナミが初めてよ」
そう言うララは嬉しそうに笑みを浮かべていた。おそらく同年代の友人がいなかったララにとっては、このようなやり取りが新鮮で楽しいのかもしれないな。
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