1日目②
ステータスの確認を終えた僕が次にするべきことは、城塞都市ライネルに入ることだ。このまま都市外で考えごとをしていても新たな情報を得ることはできない。日が沈む前にさっさとライネルに入り、まずは活動拠点となる宿を探すべきだ。
そう考えた僕は門前に並んでいる人々の列の最後尾に向かおうとするも、腰を上げることができなかった。それは何故か。―――答えは『緊張』である。
僕は今、非常に緊張している。城塞都市ライネルに入るには門番と会話をし、都市内への通行許可を得なければならない。しかし、見知らぬ土地で文化も常識も異なる人々と会話をすることは、僕にとって非常にハードルが高いことである。
例えば門番に出身地もしくはどこから来たのかを聞かれたとしよう。その場合僕は答えることができない。適当な町の名前を出してもいいが、もしその町が存在しない町の名前だとバレたら、もっと厄介なことになるのは目に見えてる。
また、この世界に常識として何らかのマナーやそれに準じる行動があった場合、それを知らない僕が非常識人として周囲の人間から冷たい目で見られることは容易に予想できる。
考えれば考えるほど不安が湧き出てきて、それによって非常に緊張してしまうのだ。これが僕の悪い癖なのだが、どうしても直すことができない。もはや僕の個性の一部と言ってもいい。新しいことに挑戦しようとしても緊張してしまい結局挑戦しないまま、なんてことが僕にはよくあるのだ。簡単に言えば、僕には勇気がない。
・・・うーむ、どうしようか。この不安を払拭するために、この緊張を緩めるために僕がするべきことはなんだろうか。時間はまだまだありそうだ。しっかり考えよう。
そうだな・・・。門番がどんな質問をしてくるのか、どんな態度で接してくるのかを確認することができれば、頭の中で受け答えのシミュレーションができるはずだ。そうすればきっとこの緊張が少しは解けるだろう。つまりは門番の会話を傍受すればいい。
しかし、問題はどうやって門番の会話を傍受するかだ。傍受するためには必ず門番の近くへ寄らなければならない。だが、何の目的もなく門前をうろうろしていたら流石に不審に思われてしまうだろう。そうなれば本末転倒もいいところだ。不審に思われないために受け答えのシミュレーションをしたいのに、シミュレーションをするために不審に思われたら意味がない。
だとしたらどうするべきか。・・・だめだ。全くいい方法が思いつかない。まいったな・・・、このまま極度の緊張を保ちながらあの列に並ぶしかないのか。うわ、まじで嫌だ。並びたくない。でも、このままここにいるわけにもいかないしな・・・仕方がない。最終手段だ。
前の人のやり取りをよく見て完コピする。それしかない。そうすれば僕が非常識人として不審に思われることはないだろう。ただこの手段を用いる場合、『うまくいくかな~』『前の人が特殊なケースだったらどうしようかな~』と不安に思い、結局極度の緊張が保たれたまま列に並び続けることになるのだが・・・もう仕方がない。これ以上時間を無駄にするわけにはいかないのだ。
ふぅ~~~。・・・行くかぁ。
僕は勇気を振り絞り、そして腰を上げようとするも―――やはり上がらない。うん、ピタリとも動かない。
「はぁ・・・」
動こうとしない下半身に思わず僕は溜息を吐く。まったく、こんなことでここまで緊張されても困ったものだ。門番と少し話をするだけだろ?そんなことでいちいち緊張なんかするな。聞いているか、僕の下半身よ。分かったら動きなさい。
それじゃ、行きますよ。ほらよっと。
だがしかし―――僕の腰は上がらない。
「もう少しここで休憩しようかな・・・あはは」
それから約一時間後、流石に焦った僕は緊張しながらもなんとか腰を上げ、都市内に入ろうとする人々の列に加わった。そして心を無にしてただ時間を過ごしていると、ついにその時が来た。一世一代の大勝負だ。
「次の方~」
「う~い」
前に並んでいた冒険者風の装いをした男が門番に声をかけられたのだ。スムーズに都市内へと入るためには門番とその男のやり取りを完コピする必要がある。絶対に見逃すわけにはいかない。僕は集中して二人のやり取りに耳を澄ました。
「見ない顔だね。この都市に来るのは初めてかい?」
「うす。初めてっす」
「そうか。じゃあ、まずは名前と職業を教えてくれ」
「テッドっす。職業は冒険者」
なるほど。まずは名前と職業を質問されるのか。僕の職業は現在絶賛無職中なのだが、まぁ冒険者志望と言えば何とかなるか。志望っていうところが見栄を張ってるようでちょっと恥ずかしいけど。
「城塞都市ライネルには何をしに?」
「迷宮に潜ろうかと思って」
「なるほどなるほど、迷宮ね」
ふむ。次の質問は都市を訪れた目的か。これもあの男と同じように迷宮に挑戦するとでも言っておこう。・・・いいぞ。良い感じにデータが取れている。この調子なら僕もスムーズに都市へ入れそうだ。
そう思ったのも束の間―――門番の纏う空気が一変した。
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