1日目①
―――気が付けば喧騒に包まれていた。
パレットに出された絵具のように様々な音が複雑に混じり合い、そして遠慮なく僕の耳に入り込んでくる。まるで見知らぬ誰かに土足で家に上がられたような気分だ。
その嫌な気分を払拭するために僕は耳に入る音を聞き分けていく。力強い馬の鳴き声。車輪が地面を転がり、風が草木を揺らす音。そして、
・・・日本語?
明らかにおかしい。記憶が正しければ僕は異世界、正確には剣と魔法の世界『トーリアス』に送られたはずだ。それなのに聞こえてきた話し声の言語は日本語であった。これは甚だおかしな話ではないか。
もしかすると、女神ミッシェルとの一連の出来事は全て僕の妄想だった、ということもあり得るのではないか。
僕はその答え合わせをするように目を開け、そして周囲を見渡した。
「これは・・・」
まず目に入ったのは幾つかの列に別れてズラリと並ぶ馬車や人々、その先に
その石壁は左右に真っ直ぐと伸びているが、それでも多少曲がっているように見える。俯瞰的に見ればきっとこの石壁は円形を描いているのだろう。
そして、人々や馬車が並んでいる先には大きな門が設置されていた。この門が数少ない城壁都市の出入り口であることは容易に想像ができた。
また、空を見上げると快晴であった。日の光―――太陽光かどうかは分からない―――が僕の目に勢いよく入り込んできて、その眩しさに思わず空から目を逸らす。
目を逸らすと見覚えのない服、いや、装備が目に入った。分厚くも伸縮性がありそうな布でできたズボンや上着。胸や膝、肘や肩などを庇うように身につけられた部分鎧。腰に巻かれたベルトとそれに付けられたポーチや短剣。体の大部分を覆う外套。そして、背中には大きなハンマーを背負っていた。
「間違いなくここは『異世界』だ・・・。女神ミッシェルとの出来事は現実だったのか」
全く見覚えのない装備品の数々や見たことのない風景に『異世界』であることを確信した僕は、とりあえず道を少し外れたところにあった大きな石に腰かけた。一度落ち着いて情報を整理するためだ。
「早速あの城塞都市の中に入ってみたいという気持ちもあるが、僕はこの世界の常識を全く知らない。異世界に来て早々現地人から非常識人のレッテルを貼られるなんていう屈辱的なことは御免だ。まずは何か情報が欲しい」
何らかの情報が欲しい。そう思った僕が視線を向けた先は、ベルトに付けられたポーチだった。このポーチには重みがある。何かがポーチの中に入っていることは確実で、おそらくそれは女神ミッシェルが僕に必要だと判断したものだろう。
若干の期待と不安を胸に抱えながらポーチを開ける。すると中には複雑な紋が刻まれた硬貨のようなものが七枚程度。それと一枚の紙切れが入っていた。
僕はそこに必要な情報が書かれているのだと確信し、その紙切れを手に取った。そして案の定その紙切れには様々な情報が記載されていた。
『女神ミッシェルのお得情報①、その城塞都市の名は『ライネル』です。世界最大級の迷宮を中心に発達した冒険者の街といったところでしょうか』
女神ミッシェルは僕が冒険者になることを確信していた。冒険者の街と言われる『ライネル』の前に僕を送ったのもそのためだろう。僕を気遣っての行動か、それとも自身の娯楽のための行動か。おそらく後者だと考えられる。
『女神ミッシェルのお得情報②、ポーチに『トーリアス』の硬貨を数枚入れておきました。硬貨の価値は以下の通りです。大型金貨1枚=小型金貨5枚、小型金貨1枚=大型銀貨20枚、大型銀貨1枚=小型銀貨3枚、小型銀貨1枚=銅貨5枚。あなたが現在持っているのは大型銀貨7枚です。おそらく一週間程度は働かずに暮らせるでしょう』
『一週間は働かずに暮らせる』か・・・。言い換えれば制限時間は一週間。その期間内に冒険者として活動するための基盤を築かなければならない。
『女神ミッシェルのお得情報③、ステータスを確認してみましょう。あなたが出ろと念じればステータスは出ます。大事なのは気持ちです』
ゲームでしか見たことがないステータスを実際に目にすることになるとは・・・。人生は何が起こるか分からない。この言葉は僕には関係のない言葉だと思っていたけれど、こんなことってあるんだな。
さて、女神ミッシェルの言う通り早速ステータスを確認してみよう。
―――ステータス。
僕がその名を念じると突如空中に半透明の板が現れた。その板に書かれた内容はこうだ。
【名前】 ミナミ
【種族】
【年齢】 15
【階位】 Lv.1
【能力】 力:3
器用:5
耐久:3
俊敏:4
知力:5
魔力:5/5
【魔法】
【スキル】言語統一:あらゆる言語を理解することができる(人間種に限る)
これが現時点における僕のステータスか。この世界の相場は知らないがなんとなく分かる。なんて弱々しいステータスなんだ。もし僕が悪人と遭遇した場合、これでは簡単に殺されてしまうだろう。
今の僕はタンポポの種のように容易く吹き飛ばされてしまう。そんな存在だ。この世界で生き残るためにもこのステータスをいち早く成長させなければならない。
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