あぁ愛おしき迷宮攻略―ステータスは裏切らない―

雨衣饅頭

0日目①

 

「――さん」


 ・・・誰の・・・声だ?


「――南さん」


 失われていた意識がゆっくりと覚醒していく。

 まるで深海にまで沈んでいた体が海面へと浮上していくような感覚を味わいながら、聞き覚えのない声の持ち主について考察する。


「――起きてください、南さん」


 若い女性から発せられたとわかる凛とした声だ。

 何故かその声には赤子が母に抱えられたときのような安心感を覚える。こんな声を僕は生まれてこの方聞いたことがない。


 一体誰だ。誰が僕の傍にいる?誰が僕の名を呼びかける?


 そんな疑問を抱えるも、答えを出す暇もなく―――。


 ―――僕の意識は覚醒した。




 真っ白な空間だ。真っ白な空間に僕は立っていた。

 この空間をもし言い表すならば―――『空っぽ』、だろうか。


 この空間にはなにも存在しないのだ。天井も、床も、壁も、窓も、家具や光源までもが存在しない。

 どこまでも続いているようでもあり、すぐそこで途切れているようでもある不思議な空間。その空間に僕は今、訳も分からず立っている。


 しかし、その『空っぽ』の中でただ一つ、嫌でも目に付くような存在感を放つものがある。いや、存在感を放つ人がいる。


「目覚めたようですね。南さん」


 妙齢の女性である。僕の目の前には腰辺りまで金色の髪を伸ばした妙齢の女性が立っていた。

 しかも、その女性はただの女性ではない。現時点で二つ、『普通の人間』ではないと自信をもって言える特徴を彼女は持っているのだ。


 まず最初に挙げられる特徴は間違いなく『顔』だろう。

 初対面の人間に顔が特徴であると言うことは非常に失礼な行動であるかもしれないが、彼女を見た人は誰もが『顔』を特徴として挙げるだろう。


 何故なら彼女の『顔』は『完璧』だからだ。


 完璧。つまりは欠点がないこと。そう。彼女の顔には欠点が存在しないのだ。

 きりっとした目鼻立ち。大きな青い瞳。整ったラインを描く顔の輪郭。まさしく完成された『美』。彼女の顔は『完璧』だった。


『完璧』な顔を前にしたら誰もがその顔に見惚れるのか?


 ―――答えは否。


 完成された美。完璧な顔。こう言ってはなんだが、はっきり言って異常である。

 この世に存在するすべてのものは欠点を抱えており、『完璧』なものなどこの世には存在しない。つまりは『完璧』とは異常な状態を指し示しているのだ。


 そして、『完璧』を目にした者は得体の知れない恐怖を感じるのである。異常を目にしたことにより生じた恐怖だ。


 つまり何が言いたいかというと、僕は完璧な彼女の顔に見惚れるどころか、明らかに異常であることを感じ取り彼女に対する警戒心を高める・・・はずだったのだが、警戒心を彼女に持つことは終ぞできなかった。


 それは彼女のもう一つの特徴に関係している。


 彼女の特徴は『完璧』な顔だけではない。彼女の放つ気配も、彼女について語る上で欠かせない大きな特徴の一つだ。


 ―――神々しい。あまりにも神々しいのだ。


 彼女の神々しい気配はまるで快晴の日に空を見上げたかのような眩しさを放っている。

 しかし、彼女の気配は眩しいのに眩しくないのだ。彼女の神々しくも暖かさを感じるその気配を、僕の体の隅々までもが無条件に受け入れてしまっている。

 それゆえに、眩しいはずなのに全く不快感を覚えず、もはや眩しいとすら感じない。また、彼女に警戒心を抱くこともできない。


 完璧な顔。神々しい気配。


 この二つの要素から導き出される彼女の正体はたった一つだろう。


 ―――女神。


 僕の目の前にいる女性は女神だ。


「どうやら状況を掴めたようですね。南さん」


 女神と思われる女性が僕に声をかけてきた。

 この場合、どのような返事をすることが正解だろうか。僕の勝手な想像ではあるものの、目の前の女性は神だ。

 もし僕が彼女にたった一つの無礼でも働き、彼女の機嫌を損ねるようなことがあってしまったら、僕の身は一体どうなってしまうのか。ついそうやって悪い想像ばかりしてしまうのは、僕の悪い癖なのだろうか。


「ふふ。そんなにあれこれ考えなくていいですよ。自然体で話してもらって構いません、南さん」


 ・・・流石は神といったところだろうか。どうやら僕の思考は彼女に筒抜けらしい。


「その通りです。南さんの思考は全て私に筒抜けなので、どんな話し方をしてもらっても無礼とは思いませんよ」

「・・・分かりました。自然体で話させてもらいます」

「えぇ。その方が私にとっても話しやすいので助かります」


 そう言って彼女は顔に笑みを浮かべた。その笑顔はまるで花が咲いたような笑顔で、微笑む彼女はあまりにも美しく神秘的だった。


「―――女神様。僕は心の中であなたを女神と断定しました。僕の思考を読むことができるあなたもこのことを知っているはずです。しかし、改めて質問を。―――本当に、本当にあなたは女神様なのですか?」


 僕は神を信仰しているわけではない。

 しかし、神を信仰していないと言っても、腹痛に襲われたときに思わずトイレで『神様お願いします。僕をこの腹痛から解放してください』と祈るほどには神は存在するとも思っていた。つまり、僕は如何にも日本人らしい価値観を持っているということだ。

 それゆえに、どうしても神を目の前にしているこの状況に緊張を覚えてしまうのだ。


「そうですね。その質問に答えるためにも、まずは自己紹介をさせてもらいましょう。私の名はミッシェル。創造神より第三世界群の管理を任されている、正真正銘の神です。よろしくお願いします、南さん」

「よ、よろしくお願いします。ミッシェル様・・・」


 ―――やはり彼女は女神だった。


 心の中で彼女のことを女神と断定してはいたものの、改めて女神だと言われると驚きを隠せない。

 だって女神だ。女神だよ?驚かない人間なんていないさ。


 しかし、彼女が女神だとすると大きな疑問が生じる。それは『何故僕が女神と出会っているのか』という疑問だ。

 世界には熱心に神を信仰している人々がいる。その人々を差し置いて何故僕が女神と出会って、こうして面と向かって会話を交わしているのだろうか。どうしても疑問を持たざるを得ない。


「『何故僕が女神と出会っているのか』ですか。良い疑問です。その疑問に簡潔にお答えしましょう」

「あ、はい」


 そうだった。女神ミッシェルは僕の思考を全て読み取っているのだった。僕が抱いた疑問なんて全て筒抜けだ。


「あなたをこの神界に招いた理由。それはですね―――単なる暇つぶしです」

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