第49話 締切を破る

 自分で線を引いていた締切であったが、昨日までの仕事の締切を破った。それも何もせずにだ。


 締切を破るまで、間に合わないという不安や手につかない焦りに悩まされながらも、さっさとやればいいのに、どうしても目を逸らしてやらない。――あと二時間眠ったら始めよう――。そんなことを思いながら結局ダラダラと過ごしてしまう。学生時代であれば大したことではないが、お金を貰う以上、完成をさせなければならない。そんな一文字も書けない苦しみを前に、のたうちまわりながらも夕食の支度をする。作るのはカレー。この鍋の中に締切だけでなく仕事自体も溶け込んでしまえばいいのにと思いながら煮詰めていくと、スパイスの香りが食欲を刺激してくれることで、わたしはまるで最初からカレーだけを作っていればよかったのではないかという気分にさせられた。

 本日になり締切のドアを破ってしまうと、ある種の安心を得られる。何もできていないのに締切を過ぎてしまうと、何もかもが許された気になるのだ。きっとお客には怒られ呆れられるのであろう。だがその声を聞き顔を見ないかぎり、わたしが仕事に向かうことはできない。これでやっとスタートを切れるのだ。わたしにとって締切というのは、仕事を始めるというスタートラインに立つ前までの時間でしかないのだ。


(泣き言より)


※締切に耐えらながら働けるか。そこにプロアマの分岐点があるのかもしれません。あ、いや、そんな格好いいことではなく、単純にダメ人間でゴメンナサイ。(2023.3.20)

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