第7話 妖精に出会いました 第一話
夜中なると突然叫び出したくなることがある。過去の恥ずかしい失敗や失言、取り戻せない失態、そして手痛い失恋。振り返るのも嫌なことをここぞとばかりに思い出してしまう瞬間に起こる現象だ。
そのトリガーの所在もわからず、わたしの脳裏には痛々しい片思いやフラれるシーンが映像化される。どうして寝る前の今、こんな悪夢を見なければならないのか。わたしはそんな理不尽な午前十二時に怒りと悲しみの混ざった奇声をあげる。一人暮らしでなければ、気がふれたと思われても仕方ない不気味な声で。
「こんばんは」
そんな咆哮を終えると、ベッドに仰向けで寝ているわたしに声をかける者がいた。わたしは不審者がこの部屋に入ってきたのかと思い、恐怖する。こういうときこそ大声を出すべきなのに、声帯は本来の機能を発揮してくれない。わたしの身体は固まり、声を出せない。
「驚かせて、ごめんなさい」
金縛りにあったように硬直しているわたしのお腹の上に、十五センチくらいの身長の子が声をかけてくる。どうやらわたしは幻覚まで見ているらしい。そんなに疲れているのだろうか。
「あの、大丈夫ですか?」
小人は申し訳なさそうな顔をしてわたしの顔の近くまでやってくる。どうやら男の子らしい。いや、そんなことはどうでもよくて――。
「――!」
わたしはなんとか大声を上げようとするが、失敗する。わたしの無様な狼狽を見て、目の前の小人は心配そうな顔をしながらペコペコと謝ってくるのだった。
ようやく非常識な現状を受け入れられると身体を動かすことができた。小人の男の子は確かに目の前にいて、わたしの顔を見て恐縮した顔を崩さない。わたしには人形趣味はないので、この不思議な存在に歓喜することはなく、薄気味悪さしか感じない。三十路でつつましい女を幸せにしてくれそうな天使には見えず、さりとて地獄に突き落とすために現れた悪魔にも見えない。少しだけ可愛らしい男の子。そのあたりが妥当な評価だと思う。
「とりあえず、名前を聞いていいかしら」
これまでエキセントリックな人生を送ってきてはいないわたしには、こういうとき、どうしていいのかわからない。とりあえず、名前を聞いてみることにした。
「あ、そうですね。突然現れてすいません。僕の名前は山田です」
「――ええぇ」
こういう時、もう少しメルヘンチックな名前が飛び出してくるのかと思っていたが、無難の極みのような名前が返ってきた。――いや、こんな小人にも山田姓があることに驚くべきなのだろうか。
「山田くんね。わたしの名前は……まあいいわ。そんなことより、どうしてこの部屋にいるのかしら?」
ようやくまともな会話する余裕ができてきた。いや、小人に普通に会話している時点でおかしいのであるが、心理的には平穏さが帰ってきているような気がしているのだ。
「そうですよね。一人暮らしの女性の部屋に入るなんて、不法侵入でしかありませんよね。ごめんなさい」
「……それ以前に色々とツッコミたいことはあるんだけど、まあ、いいわ。で、山田くんは何をしに来たのかしら」
わたしの問いかけに、山田くんは更に表情を暗くした。そんなに絶望をするようなことを尋ねたつもりはないんだけど。この小人はなかなの陰気な性格のようだ。
「おねえさん。信じてもらえるかわかりませんが、聞いてもらえますか?」
「何? 山田くんの存在を受入れているわたしに前置きはいいから、とりあえず話してみてよ」
そういうと、山田くんは、彼と比べてとてもとても大きな用紙を取り出した。一体どこからか出してきたのか、聞いても無駄だろう。
「これを見てください。コピーになりますが、ちゃんと受理されたものなんです」
わたしはその用紙を広げてみた。そして、その内容を知ると深夜にもかかわらず、大きな悲鳴をあげてしまった。
その用紙のタイトルは、わたしと山田くんの「婚姻届」であった。
(続)
※第二話まで書きました。わたしの思考回路上、ラストから書かないでスタートから書き始めると、だいたい第二話で燃え尽きてしまいます。第二話は翌日に掲載します。(2024.2.13)
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