第10話:氷の王子とコスプレ大会

「いい!めっちゃいいです!!あ、視線こっちにくださ〜い!!」



 カシャカシャと部屋に鳴り響くシャッターの音。

 日曜日の昼下がり。私はひたすらカメラマンに徹していた。

 被写体が…良すぎる……。



「あの、これいつまで続けるんですか…?」

 被写体である氷室さんは、ポーズを決めながら少し呆れている様子だった。


「まだ!私の気が済むまで!!」

「はあ……。」


 執事の格好をした氷室さんには、右手にはめた手袋を左手で掴み、いかにも某執事漫画のキャラクターようなポージングをしてもらっている。


「じゃあ、その手袋を口で咥えてみてください!」

「……。」

「ぎゃあ!セクシーです!そのままで!!」

「……。」

「…ふう。」


 楽しい!!なんて楽しいの!!イケメンを着せ替え人形のように扱っているのは申し訳ないが、これはれっきとした仕事だから。うん。参考資料のためだから。


「じゃあ次はこれに着替えてください!じゃーん!警察官です!!」

「…先生、本当にこの資料、作品に使うんですよね?」

「………あ、当たり前じゃないですかあ…。」

「先生、目線が合いません。私の目を見てください。先生。……おい、こっち見ろこの変態が。」

「…さっ!いいから早く着替えてください!!」

 慌てて氷室さんを部屋に押し込め、着替えを促す。

 扉の向こうで何かぶつぶつ文句を言っているような気がするが、聞こえないふりをしておこう。

 それにしても、自分の担当作家を変態呼ばわりするなんて酷すぎる。私の統計上、作家は大抵みんな変態なんだよ。あ、それじゃあ私も変態じゃないか。今のは前言撤回、ノーコメントで。



「…お待たせしました。」

 しばらくして、着替え終わった氷室さんが部屋から出てくる。

「……!!!!」

 素晴らしい。完全に警察官だ、クオリティが高すぎる。私は興奮のあまり言葉を発することすら忘れてしまった。


「…た、逮捕して…。」

「……本当に逮捕してもらいましょうか。本物の警察に。」


 酷い言葉が発せられている気がするが、そんなことは気にせず、私は目の前のイケメンポリスの被写体に夢中だった。そして、あることに気がついてしまったのだ。


「…氷室さん、意外と胸板ありますね…。」

「はい?」

「知らなかった…。千秋の胸板もこのくらい厚みを…。ちょっと失礼します。」

「なっ!!何を……。」


 ペタペタと氷室さんの胸板に触れる。セクハラまがいなことをしている自覚はあるが、興味が湧いてしまったものは仕方がない。これもより良い作品のためだ。許してほしい。



「わ!すごい!!固いけど意外と弾力が…!へええ…。」

「ちょっ…、先生、いい加減にやめ…。んっ…。」

「…ん?」

「……。」

「……。」




 気まずい沈黙が流れる。

 確かに私は聞いてしまったのだ。氷室さんから発せられた、鼻にかかった甘い声を。

 やらかしてしまった。どうやら無遠慮に触れすぎて、触れてはいけないところに当たってしまったようだ。サーっと血が引いていくのがわかる。


「あ、あの。…氷室さん、すみません。私何も聞いてませんから…。」

「…へえ?何を聞いてないんですか?」

 少しずつ後ずさる私と、ジリジリと詰め寄る氷室さん。

 蛇に睨まれた蛙とは、このことである。やばい。本能的にそう感じた。


「男の体にそんなに積極的に触るなんて。先生も大胆な人ですね。」

「違っ!そういうわけじゃ…!」

「じゃあどういうわけなんです?先生も私の体を好き放題触ったんですから、私も同じことしても文句言えませんよね?」


 ひいいい!!めちゃくちゃ怒ってるじゃんんん!!そんなに悪いことした?!

 確かに「受けみたいでかわいい♡」とかアホなこと一瞬思ったりもしたけど、それはあんな声聞いちゃったら仕方ないというか…!!


 そんなことを考えている間に、背中には壁。目の前には激おこの氷室さん。

 ——詰んだ…。





「もう逃げ場がありませんね?先生。」








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