第9話:お返しは倍返しで
バクバクと心臓が早鐘のように鳴り響く。
近づく氷室さんの吐息と、アルコールに混じったムスクの香水の香り。
私、このまま本当に氷室さんと——。
今か今かと訪れるであろう甘い衝撃に備えていると。
ゴンっ。
私の顔の近くで鈍い音がした。
不思議に思い、目をそっと開くと。
「た、助かった…。」
氷室さんは額を床に打ち付けたまま、眠りに落ちていた。
どうやらお酒がまわり、意識を手放したらしい。
「みのりちゃんんん!!よかった!本当に何もなくてよかった!!」
近くで一部始終を見ていた葉月さんが駆け寄ってくる。
「詩苑さん、早くこのケダモノ部屋に運んで。」
「おう!ってお前も手伝えよ!うさ!」
「俺は体力ないからパス。力仕事は俺以外のアンタら二人の仕事でしょ。俺は頭脳班だから。」
うさくんと朝比奈さんもぎゃいぎゃいと騒ぎながらこちらへ来てくれた。
「大丈夫?アンタまで餌食にならなくてよかったね。」
うさくんに手を借りながら体を起こす。
「ありがとう。どうなることかと思った…。」
「こっち来な、温かいミルクでも入れてあげるよ。」
いつにも増してうさくんがなんだか優しい。
「お前、いつもそんなこと絶対しないのに…。今日に限って…。」
氷室さんの両足を持った葉月さんがなぜか恨めしそうにうさくんを眺めている。
「ほら!蓮くん、運ぶよ!!」
ちなみに氷室さんの両腕は朝比奈さんが持っていた。そういう運び方するんだ…。突っ込むのはやめておいた。
こうして、波乱の歓迎会はお開きとなり、私の唇は守られたのであった。
◇◇◇
「…昨日は、すみませんでした。」
あの歓迎会の翌日。氷室さんに頭を下げられた。どうやらあの中の誰かに昨日の醜態を告げられ、怒られたのかもしれない。酔っていた本人は記憶がないし、わざと間違えてお酒を飲んだわけではないので、仕方ないといえば仕方ないのだが。
「あの後、詩苑にこってり絞られました。笑顔で怒ってくるからどうしたものかと…。」
なんと。普段温厚でムードメーカーな朝比奈さんが怒るのか。意外な一面を知ってしまった。聞けば、葉月さんやうさくんにもそれはもう酷い言われようだったらしい。
「…先生?」
「……。」
黙ったままだった私に不安を覚えたのか、氷室さんは様子を伺うように視線を向けてくる。
私はというと、考えあぐねていた。もちろん、氷室さんに怒っているわけではない。
だが、この珍しい状況を上手く使えないかと思っていた。
いつも氷室さんには、言われっぱなしだし、たまにはいいよね。
「じゃあ私のお願い、聞いてもらってもいいですか?」
「…お願い、ですか…。」
「はい。」
私は満面の笑みでにっこりと微笑む。
「コスプレして下さい。」
「…は?」
カメラを構え、私は告げる。
「参考資料用に欲しいなと思ってて。氷室さん、協力してくれますよね?」
氷室さんは引き攣った顔をして、口角をピクピクとさせているが、知ったことではない。
「楽しみだなあ〜、どんな格好してもらおうかなあ〜♪」
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