死にたがりな君へ
emakaw
ひとりめ 斎藤真希
今日も仕事で失敗した。
上司の怒鳴り声が、今も耳に残っている。
――ああ、うるさ。
大体何よ?ほかのやつらも失敗してるっていうのに私にだけ……。
夕飯はもう済ませた。あとは風呂に入って寝るだけだ。なのに、すべてが億劫に感じる。
――もう、このまま寝てしまいたい。
そのまま、ソファーに寝転がる。
意識が、なくなってゆく。
今日も仕事で失敗した。
遅刻したからだ。
あのとき、寝てさえいなければ……。
――これ以上、私に迷惑かけないで。
でも、実際に寝たのは私。
すべて、私が悪い。
それだけのことだ。
どんな理由があろうと、それが結果として残っている。
上司からしたら、ただ遅刻しただけの女なのだから。
――まあ、実際そうなんだけど。
私は、私のことを制御できない。
普通の人が当たり前にできていることを、できない。
その場合の「普通の人」が何なのかを彼女は知らない。
自分で自分を責めるのが、一番楽。
何もかも自分のせいにすれば、きれいさっぱり片付く。
厄介事は嫌いだ。
気づいたら、手にスマートフォンを持っていた。
画面に表示されていたのは、たくさんの相談窓口。
「なんで……?……ちがう、私は、こんなもの必要としてない」
彼女はそう言った。なのに、操作することをやめられない。
そんな彼女の目に、一つのサイトが目に留まった。
「死にたがりな君へ」。そこには、確かにそう書いてあった。
気づいたら、そのサイトを開いていた。
[気づいたら、このサイトに来ていました。でも、私は死にたくありません。なのに、指が勝手に動いてしまいました。私が来るようなサイトじゃないですよね。本当にすみません。]
勝手に、画面の上で躍る私の指。
罪悪感を感じつつも、スマホが気になる。
返事は、すぐに来た。
[おめでとうございまーす!あなたは相談者第一号でーす!]
――……は?
意味が分からなかった。謎にテンションの高い相談員。これくらいなら、私でもできるんじゃないか……?
[あ、それで、相談したいことは?]
ああ、忘れていた。私はこのサイトに来た理由ばかり打っていたのだった。
少し、考える。
[自分のせいにすると、楽になるんです。だって、すぐ話が終わるから。でも、決めつけてばかりいると失敗はなかなか直らないですよね。自分のせいにして逃げている私のことが、ずっと、嫌いだったのかもしれません。自分のせいにしてしまう癖は、どうしたら改善するでしょうか?]
もともと、相談する気なんてなかった。
でも、この人になら、すべて、話せると思った。
私は、私のことを知らなかった。
私の気持ちなんて考えたこともなかった。
[そうなんですねー。えーと、ぼくが思うのは、『自分のせいにしようがしなかろうがどうでもいい』ってことです。決してあなたのことを責めてるわけじゃないんですよ。でもね、自分のせいにしたらすぐ終わる、すぐ解決するっていう気持ちも、今のあなたには必要だと思うんです。]
自分のせい……その癖は、直さなくてもいい。
当たり前のことだった。
なのに、気づいたら私は涙を流していた。
[ただ、あなたがそんな自分が嫌いって思うなら、頑張って直していったほうがいいかもですね。]
私は、私に問いかけた。
――あなたは、自分のせいにしていたい?
――うん。無理やり直すと、壊れちゃう。
――……壊れちゃう?
――もう、何もできなくなる。今以上に、制御ができなくなる。
無理やり、直す必要はない。
大切なのは、その気持ち。
[自分の気持ちを尊重したいと思いました。でも、自分のせいにしたって、いつもと同じになるんじゃないですか?詳しく、説明をいただきたいです。]
[そうねぇ。自分のせいにして、あなたはどうします?]
……いつもの私なら……。
[自暴自棄?ですかね。]
[じゃあ、あなたが考える『普通の人』はどうしますかね?]
普通の人……。小さいころから、両親に言われてきた。
――普通の子はね、こうするの!
――周りは、これくらいできるんだぞ!
[普通の人は、だめなところをもっと直そうって思います。]
いやになるほど言われてきた言葉。
――もっと直そうって思わないのか!
ううん。思わない。
そう言ったら、お父さんは必ず「困ったもんだ」といったように黙りこくる。
[あ、そう考えるんだ。じゃーさ、直さなきゃいいじゃん。え、だって、直してる人世の中にどれくらいいると思ってる?たぶん、一パーセントにも満たないんじゃないかな。直さなくても、困ることなくない?]
えーと、直さなくてもいいのでしょーか……?
この人、衝撃発言をスラスラ言ってるってことに気づいてない?
[でも、上司に迷惑をかけてしまいます。]
[え?怒るのと、迷惑をかけられるって全くの別じゃない?もし怒られても、ただの八つ当たりじゃない?そもそも、ちゃんと直すほうがおかしいんだから。]
えー!そんなこと言っちゃって、相談員さんの上司に怒られないかな。
そう思っていたら、急に笑えてきた。
――こんなに、心の底から笑えたのは、いつぶり?
この人には、人を元気にさせる力があると思った。
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