♢24ー《結果よければ全てよし》ー24♢

「あー、やっと終わった」


 新聞局の中。ロバートはまとめ終わった記事を見ながらそう言う。


「よし、今日は早めに終わらせられそうだな」


 最近は親父さんの機嫌もすこぶる良いし、仕事が捗る。これもお嬢のおかげだな。


 そう思ってニコニコとする。


 すると、顔の周りに濃い髭を生やした、優しそうな男性が来た。


「お、今日は調子が良さそうじゃないかロバート」


「あ、フランクさん。はい、最近は仕事も捗っているし、局の雰囲気も良いですからね」


「これも全て、お前の彼女のおかげだな」


 ロバートは顔を真っ赤にする。


「そんなっ、お嬢は彼女なんかじゃありませんよ。身分も違いますしね……」


 少しだけ俯いたロバートに、フランクは優しく声をかける。


「貴族様ってわけでもないんだ。見たところマリーちゃんもお前のことが好きそうだし、私は十分行けると思うけどね」


 ロバートは苦笑する。確かにマリーは貴族ではなく平民だ。ただ、平民の中でもハートフォード家は上流階級と言ってもいいぐらい上にいる。


 アレクサンダー・ハートフォードは1代で大規模な貿易事業を展開し、ロンドンだけじゃなくイギリス全土に大きな利益をもたらしている。


 設立当初は様々なライバル企業による妨害もあったそうだが、その手腕で全てを跳ね除け、今ではイギリス有数の貿易会社になっている。


 そんな彼の、たった1人の身内であり孫娘であるマリー・ハートフォード。


 とても一介の新聞記者に見合うとは思えなかった。


「まるでロミオとジュリエットだな」


 フランクさんは笑いながらそう言う。


「……ロミオとジュリエット読んだことあります?」


「いや、ない。すまんすまん適当に言っただけだ。アレクサンダーさんの真似はできないな」


 あの人めっちゃ物知りだからなあ。本当にいろんな物語を知っているし、知識に対する欲が深い。


 新聞局でも知らないようなことも知っているしな。


 そんなことを話し合っていると、ビルターさんが扉を思いっきり開けて入ってきた。


「た、大変だおめえらッ!」


「ど、どうしたんですか!?」


 その興奮した様子に、皆が筆を動かすのをやめた。


「何人か行方不明になってたっていうおんぼろ屋敷があっただろ? それがついさっき全壊したらしいッ!」


「「「「は!?」」」」


 その場にいた誰もが驚く。あの屋敷は近々エクソシストが入ると聞いていたため、ことが済んだら記事のネタにしようとしていた屋敷だった。

 

 それが全壊? 


 誰もが困惑の表情を浮かべる。


「大した記事を書いてねえやつは今すぐにこいッ! 周辺の聞き込み、現地の状況なんかを手当たり次第調べるぞッ!」


「「「「は、はいッ!」」」」


 記者達はドタバタと行動を始める。


 これは早く終わりそうにないなあ。とロバートは遠い目をしながら、ベレー帽を被るのだった。





 ◇◇◇




「なあにやってんだいあんた達はッ!?」


 全壊した屋敷の前。


 私とアレクさんは一緒に、ミリアンヌさんにお説教されていた。


「誰が、いつこの屋敷を全壊させろと言ったんだい! 私はこう言ったはずだよ、悪魔を祓えと。それが一体なにをしたらこうなるんだい!?」


 さっきからずっとこんなことを言われている。


 ちなみに、落ちてきた天井は私の力で受け止めた。


 ミリアンヌさんはその光景に唖然としていたけど、私達を引きずったまま屋敷の外に出たら力が途切れてしまい、今に至る。


「あの悪魔め……ッ! 滅ぼされる前に、道連れにしようとするだなんて……ッ!」


 アレクさんが心底悔しそうな表情でそう言う。


 ……演技うまいなこの人。


「嘘おっしゃい! 屋敷が全壊する前、光が包み込むのをこの目ではっきりと見たよ! 手当たり次第破壊するところもねッ!」


 あ、全部見られている。


 これにはアレクさんもどうしようもないのか苦笑いだ。


「あの中にはまだ生きている行方不明者もいたかもしれないんだッ! これでぺちゃんこになって出てきたらどうするつもりなんだい!?」


 あっ、そうか。なんか屋敷に入る前に何人か行方不明になっているって言ってたな。


 ………あれ? もしかして私……


 取り返しのつかないことをしちゃったんじゃないかと青ざめると、アレクさんが言った。


「しかし、エミリーは確かに屋敷を力で包んだのでしょう? その時に行方不明者などはいなかったのですか?」


 あ、そっか。いたら分かるのか。じゃあいなかったな。


 これは断言できる。隠れた悪魔も見つけ出せたのに、人が見つけ出せないわけがない。


「いなかったです」


 ミリアンヌさんは難しい顔をする。


「確かに屋敷を全部包みこんだんだね?」


「は、はい」


 嘘は言っていない。ミリアンヌさんは少しだけ考えると、まさか……と言って屋敷の前に歩いた。


 そして首にかけられた十字架を握る。


「天にましわす我らの父よ。願わくば私に瓦礫を払いのける力を。子供達を救える力をお与えください」


 ミリアンヌさんがそう言うと、光で包まれた。


 まるでこれから魔法を使う魔法使いのように腕を大きく回して、瓦礫を光で包んでいく。


「ふんッ!」


 そう言うと瓦礫が浮き上がり、左右にどいた。


「……やっぱりここだったか」


 ミリアンヌさんの視線の先にいたのは、子供達だった。


 皆涙ぐみながら抱き合っており、ミリアンヌさんを見て呆然としている。


「この子達は地下にいたんだろう」


「あ、なるほど。どうりで見つからなかったんですね」


 納得する。もしかしたら私が気づかずに潰しちゃったのかもと心配したけど、そんなこともないようだから良かった。


「ここからは警官の仕事だ。ちょうど来たようだしねえ」


 ミリアンヌさんが私達の後ろを見る。


 私達も振り返ると、そこには何人もの警官が走ってきていた。


「なにをやってるんだお前達!?」


 あ、やばい。建物を全壊にしたせいで捕まるかも。


「………逃げますか?」


 アレクさんがこっそりとそう言う。


 逃げるって……ミリアンヌさんを置いて?


 さすがにそれはできないだろうと私は小さく首を横に振る。


 するとミリアンヌさんがスッと私達の前に出た。


 警官達はミリアンヌさんの服装を見て驚愕する。


「し、シスター!? もしや、この惨状は……」


「悪魔のせいさね。私はミリアンヌ・カルメル。ロンドンのエクソシストだ」


 ……すごく格好良いな。


 警官達は酷く驚いた様子で慌てて敬礼した。


「かの高名なミリアンヌ様でしたかッ! これは失礼いたしました!!」


「いいんだよ、それよりも下に子供達がいる。早く助けてあげておくれ」


「ッ!? お、お前達すぐに助けるぞ!!」


 警官達は慌てて屋敷の跡に向かって走る。


「さて、帰ろうか」


 ミリアンヌさんが私達を見た。


「え、後始末とかはいいんですか?」


「いいんだよ、なにか聞かれても悪魔のせいにしておくから安心しおし」


 よ、良かったあ……でも、私も次からは気をつけないと。


 安心して胸を撫で下ろしていると、ミリアンヌさんは先程の怒った顔とは一転して、優しく微笑んだ。


「よくやった嬢ちゃん。悪魔だけを滅ぼし、子供達は全員救出。屋敷さえ全壊させなければ、私しゃ報告書で嬢ちゃんをべた褒めしていたよ」


「あ、はは……未来から来たので、あまり報告書には書かないでくれると嬉しいです」


「おやそうかい? しかし、屋敷を包み込むほどの力なんて、ネジが数本飛んでいるね」

 

 そうなのかな……ラウルだってアレクさんだってできると思うけど……


 するとアレクさんが笑いながら言った。


「あの屋敷もネジが数本外れていそうでしたけどね。エミリーは左側しか壊していないのに、なぜ右側も全壊するんでしょうか? これは私の家も点検する必要がありそうです」


 あ、確かに。なんで右側も全壊したんだろう? 建築のことはよく分からないけど、そういうものなのかな?


「ジョークを言っている暇があるんだったら報告書をまとめるのを手伝っておくれよ。気が重くってしょうがない」


「はは、報告書をまとめるのは早くしておいた方がいいですよ。どうせワームのことで増えるんですから」


 ミリアンヌさんは心底疲れたようにため息をつく。


「本当、老人を酷使しすぎだよ。一体今いくつだと思ってるんだい」


「そんなことを言ったら私も老人なのに、これからエデンを救わなくちゃいけないんですよ? ミリアンヌもついてきてくれたら心強いのですが」


「かッかッか! 私しゃ今の国で死にたいんだ。未来ではどうなっているか分からないけど、まだこの国は残っているのかい?」


 ミリアンヌさんが私に向かってそう聞く。


 なんて答えよう……今はイギリスの全盛期。領土は世界一で、他の国とは比べ物にならないほどの力を持っている。


 けど、それも今だけだ。イギリス自体は残るけど、大英帝国は崩壊するし、残ったのが本島だけって言ったら悲しんじゃうかな。


 そんなことを思っていると、ミリアンヌさんは頭を横に振った。


「冗談だよ。未来を知ったってしょうがない。私のような老いぼれは、今が大事だからね」


 私が言い淀んでいるのを見て冗談にしてくれたんだろう。すごくありがたい。


「さ、今日は疲れただろう。早く帰って寝な。明日はバンバン悪魔を祓ってもらうからね」


「悪魔を祓う? もうヘンリーがやり過ぎていなくなったとか言っていませんでしたか?」


 アレクさんがそう言う。確かにそんなことも言っていたな。


「悪魔なんてそこら中にいるよ。明日は二手に分かれて祓ってもらうからね。気を引き締めな」


「は、はいッ」


 うーん、今日やってみた感じ1人でも行けそうだけど、なんか不安だな。



 そう思いながら、私達は帰っていった。


 

 

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