第六章 第五の道 人間道

第71話 長門未来の六道輪廻

 長門未来の六道輪廻 最終章


 めくるめく全てが輪廻する。


 第五の道 人間道


 ここは……

 目が覚めると白い天井だった。全てのものが大きく見える。どうやら赤子としてスタートするようだ。

 六道輪廻を巡り、ここに至るまでのことは不思議なことによく覚えている。赤ん坊だから、泣くくらいしか今はできないが。

 そのうちに成長して、字でも書けるようになったら、「長門未来」として体験した、一連の不思議な出来事を書き起こしてみようか、なんて考えた。ろくな物語になりそうにもないが。

 そんなとりとめのないことを考えていると、私はふわりと看護師に抱き上げられた。「お母さんに会いに行きますよー」と声をかけられていることから、その言葉通り母親の元に連れて行かれるのだろう。

 今度はどんな母親だろうか。長門未来のときにはついぞ知ることのできなかった「家族愛」というものを、ちゃんと注いでくれる人だろうか。

 色々考えながら、私は病室に着いた。「ママでちゅよー」と既に親バカが出ている声がして、苦笑いが浮かんでくる。どうやら普通に過ごせそうだ。




 ……と、思ったところで、はたとその『母親』と目が合う。




 どこかで会ったことがあるような顔だ。よくよく聞けば、声にも覚えがある。

 いや、気のせいか。

 私は新しい世界に転生したのだから。




 母親に私を託して出ていった看護師がほどなくして戻ってくる。母親と赤子の交流を断つにしては早いお出ましだ。何かあったのだろうか。

「富永さん、ご家族がおいでですよ」

 家族が来たのをわざわざ知らせに来てくれたのか。親切な看護師だ。

 しかし、「旦那さん」ではなく「ご家族」ということは、私は一人っ子ではないということだろうか? それとも、祖父母が来ていたり? ……家族というものに触れる機会がなかったから、私は赤子ながらに緊張する。

「あらあら緊張してるの? 表情が固いわよ」

 母親がぷにぷにと私の頬をつついてくる。ちょっとくすぐったくて身をよじった。すると、入り口から入ってきた人物が目に入る。一人目は男性だ。この人もどこかで見たような気がするが……まあ、長門未来のときにあれだけたくさんの人を殺しているのだから、誰か顔の似た人物がいてもおかしくはない。




 だが、次に入ってきた人物は「気のせい」では済まされない人だった。

「ほら、お姉ちゃん、可愛い妹だよ」

「わぁ……! お姉ちゃんの富永セツだよ」




 間違えようがない。

 その人は私の体となったはずの人。

 地獄で私を助けてくれて、巡り続ける世界でナガラを支えた母親でもある。

 セツだ。

 セツは私に体──魄を提供した。けれど、魂が滅したとしても、セツは自然の摂理に則って生まれた存在だ。魂が輪廻していてもおかしくはない。

 ということは私の両親は、セツの両親ということか。それなら見覚えがあるのも頷ける。

「お、そうだそうだ、名前決めてきたぞ」

 父親がそんなことを言う。懐から小さな巻物を取り出した。巻物とは古風な。

 その小さな巻物を広げると、中の半紙に筆で「蕾」と書いてあった。「つぼみ」だろうか。女の子らしい名前だなぁ。

 だが父親のセンスは斜め上をいっていた。

「蕾と書いて『ライ』と読む」

「セツとお揃いっぽくていいわね」

 ライ、か。ミライと似ている気がする。セツの魂がセツと名付けられているのだから、名前の類似は運命とやらの悪戯なのかもしれない。






 セツと、両親と。

 幸せに暮らせる未来を想像したら、名前なんてどうでもよかった。











 でも、ちゃんと覚えておくべきだった。

 その後、セツはどういう扱いを受けた?

 セツの妹はどうなった?


 時間軸が違うのだと思っていた。だから油断していたのだ。

 私は風邪を引いて、両親に置き去りにされたセツと二人でいた。

 熱に浮かされているせいで、視界がぼんやりとする中、姉のセツが眠りこけたその傍らにある、今時珍しくもないカレンダー付きの時計。

 そこにある日付は、「長門未来」が血の一年を刻む、一年前であった。




 そんなことって、ある……?




 それではこの後、私は死んで、姉のセツは親から今以上に冷遇され、長門未来に人質に取られ、殺される?




 よく考えれば、わかることだった。






 富永蕾。

 トミナガライ。

 これは、アナグラムだ。

 入れ替えると「トミイナガラ」になるし、「トガナミライ」にもなる。

 そしてナガトミライ──長門未来になるのだ。






「結局、救われず、報われない魂なのか……」




 六道輪廻のどこかで、誰かの言葉が零れるのを耳にしながら、トミナガライは息を引き取った。




 長門未来の六道輪廻-完-




 次に目を覚ますのは、どこなのだろうか。


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長門未来の六道輪廻 九JACK @9JACKwords

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