第61話 阿修羅と夜叉

 それにしても、シェンもスーも一人だったのに、ラオだけ八人いるとは豪勢なことだ。

 ……ん? 阿修羅に夜叉で八人?

「……もしかして、八部衆?」

「おっ、当たり」

 八部衆とは、天、竜、阿修羅、夜叉、伽楼羅かるら乾闥婆けんだつば緊那羅きんなら摩羅伽まごらかの八種の異形を奉る仏教かなんかの教えだ。……まさか修羅道に揃い踏みとは。

「主に管理するのはこの暴れ馬な鹿です。元々この修羅道は阿修羅の管轄する道なのですから」

 確かに、名前の一部が入っているから、いてもおかしくはない。

 夜叉はむっとした表情で続ける。

「それがある日突然久しぶりに顔を見せたかと思ったら、俺の世界の管理を手伝ってくれ、と何かと集まることの多かった八部衆に告げたのです。世界と言われて驚きましたね。ちなみにそのときの理由が戦闘狂で、『ちょいとばかし骨のあるやつを見つけたからちょっかいかけてくる』ですよ。帰ってきてから回し蹴りをこめかみに決めてやりました」

「は、はあ……」

 夜叉は阿修羅に思うところが山のようにあるらしく、放っておくと愚痴量産機になりそうだった。

 そこは心得ているらしく、阿修羅が遮る。

「と、まあ、そんなわけでここは修羅道なわけだが、嬢ちゃん、来るとこまで来たもんだねぇ」

「はあ……?」

 阿修羅の言葉もまた、理解に時間を必要とするものだった。いや、言葉が足りないのか。いきなり来るとこまで来たと言われても……

 夜叉が私の戸惑いに気づいたらしく、すかさず阿修羅に突っ込む。

「ほら、貴方の説明が足りないばっかりに困っているでしょうが」

「今から説明しようと思ってたんだよ」

「いつも説明をすっ飛ばすから他人を困らせるのでしょう、貴方は。ちゃんと説明からするようにと口を酸っぱくして言っているでしょうに」

「おかげさんで耳にタコができたよ」

「脳にミソを作る方が先決です」

 なんだろう、この入る隙のないテンポの良いやりとり。愚痴愚痴言っているが、なんだかんだ、この二人って仲が良いんじゃないだろうか。

 恐る恐るそれを指摘する。恐る恐るになったのは、阿修羅もそうだが、夜叉も鬼と呼ばれる存在だったからだ。

 まあ既に鬼をも恐れぬ所業なんて山のようにしてきたのだが。

「違います」

「違うな」

 予想はしていたが、阿修羅にも夜叉にも即座に否定された。

「俺らは仲間であっても仲良しじゃねぇ。気楽な関係ではあるが」

「仲が良いとか悪いとかは人間が生み出した思想です。我々には適応しないかと」

 返ってきたのは各々の答えだった。仲というのも複雑なものだ。

「それより阿修羅、いい加減説明したらどうなのです?」

 夜叉が半目で阿修羅を睨み上げる。阿修羅は肩を竦めた。

「お前、俺が手間は嫌いだって知っているだろう? 今説明すると二度手間になるんだよ。俺だってちゃんと考えてやってんだ」

「……それもそうですね」

 二人の言っている意味を咀嚼する。二度手間、ということは、私の他に説明する相手がいるということだ。私の他に修羅道に来ているのは……

 考えていると、ふと夜叉と目が合った。夜叉は目線で私の傍らを示す。そちらに目をやると、




 そこにはナガラが倒れていた。


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