第五章 第四の道 修羅道

第60話 気まぐれ

 長門未来の六道輪廻


「はあ、貴方の気まぐれにも困ったものですね」

「いいじゃねぇか。こうも面白い魂は今後も含めて世に二つとねぇぜ?」

「目の前にいるのは二人に見えるんですが」

「細かいことは気にすんなって!」


 第四の道 修羅道




 話し声がする。

「とうとうこのせかいに来たか」

「引きずり込んだのは貴方でしょうが」

 楽天的な色を漂わせる男と、それをたしなめる女の声。

 まさか人間道に戻ったわけではあるまいな、と一瞬思ったが、男の「このせかいに来たか」という発言から察するに、今まで通ったどの道とも違うらしい。

 六道輪廻を構成する六道は、天界道、地獄道、餓鬼道、畜生道、人間道、そして最後の一つが──

「修羅、道……?」

 うっすら目を開けると、長い黒髪を項で結った右目に傷が入っている男が覗き込んできた。目が合うとにかっと白い歯を見せ、笑う。

「よっ、目ぇ覚ましたか? お嬢ちゃんよ」

 見てくれの割には陽気に話しかけてくる。服装は袈裟に腰布をつけただけの軽装。玉のついた腕輪が動くとしゃらんと鳴る。鈴なのだろうか。

 不思議な衣装だと思って見ていると、後ろから仏頂面の女人が覗いてくる。こちらはじっとりと青く透けて見える黒目で男を睨んでいる。美人そうな御仁だ。

「貴方はいつも軽々しいですね。親睦を深めたいならまず先に名乗りなさいと言っているでしょうに」

「そりゃそうか」

 たはは、と空笑いすると、男は自分を示して言う。

「俺ぁ阿修羅。修羅とも呼ばれるしラオとも呼ばれる。この道を管理する者の一人だ」

 阿修羅……聞いたことくらいはある。確か、八面六臂はちめんろっぴの鬼神じゃなかっただろうか。

 顔は一つだし、腕は二本だ。

 私が見ているのに気づいたのか、阿修羅がぴっと指を立てて説明する。

「これは世を忍ぶ仮の姿……でっ」

「忍ぶ世がどこにあるというんですか」

 無表情美人のツッコミが鋭い。手刀を入れられた阿修羅の頭からは快音がし、痛そうだ。

 それから無表情美人が「うちの暴れ馬な鹿が失礼しました」と独特な謝罪をしてきた。

 こちらも阿修羅が手首につけているのと同様の飾りを首につけていた。動くとやはりしゃらんといういい音がする。

「わたくしは夜叉と申します。この暴れ馬な鹿と同様、ラオとも呼ばれています」

 夜叉も聞いたことがあるが、それより気になったのは「ラオ」という単語だ。

 確か六道輪廻の管理者は三人いて、天界道、人間道、畜生道がシェン、地獄道、餓鬼道がスー、残る修羅道を管理するのがラオと言っていたはずだ。

 阿修羅もラオと名乗った。ラオが二人存在するのか、別な意味のラオなのか。いや、夜叉はさっき、「この暴れ馬な鹿と同様」と言っていた。つまり、二人の言うラオは同じ意味ということだ。

「ラオ……修羅道の管理人は二人?」

「いんや、八人だ。ま、基本は俺で、時々夜叉って感じ?」

「随分とアバウトですね」

 私が指摘すると、阿修羅は豪快にわははと笑い、夜叉は呆れていた。


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