第57話 微笑み

 王子様、お姫様だと?

 性別が逆だろうが。

「生物という概念から外れてしまった僕らに、性別なんてもう関係ないよ。この通り、見た目では性別を判断できないしね」

 確かに、人間時代の私もナガラもぱっと見では性別が判然としない中性的な面差しをしている。髪が長い分、ナガラは女に見えなくもない。

 例えはともかく、ずっとここで待っていたとはどういうことだ?

 ナガラは私のクローンだから……

 と考えようとしたら、頭が痛くなった。ぱたりと脆弱な猫の身は倒れる。

 そうだった。ナガラはあの医者を殺した帰りなのだ。あの医者が死ぬとプロテクトが発動する。その条件を忘れていた。信じがたいことだが、プロテクトは私の体にかけられているのではなく、魂に結びついているのかもしれない、という可能性に気づいた。まさか猫の身でプロテクトに阻まれるとは。

 ナガラは、「本当、忌々しいよね、それ」と私を抱き上げた。

 よく考えると、呑気に構えていていいのだろうか。元々事故の現場で、今は犯罪の現場となってしまった。警察が来るかもしれない。まさか推理小説なんかでよくある「犯人が現場にいたがる心理」なんてものを持ち合わせているわけじゃないだろうな。

 そう思うと、ナガラはくすっと笑った。何故これだけ血を浴びて、無邪気でいられるのか知れない。

「ミライ姉、僕がここにいるのはね、僕がもうここから動く必要がないからだよ?」

 どういうことだ?

「言ったよね。完全なクローンなんて存在しないって。僕はミライ姉のクローンだけれど、ミライ姉の辿る運命まで完全にコピーされたわけではないんだ」

 私の辿る運命──六道輪廻を巡ること。それがナガラには不完全にコピーされた、ということ? ずっとここで待っていた、私に会うのは過去……まさか。

 こいつはずっと、「富井永良」としての生を繰り返していた?

「そう、僕は元々人間と呼ぶべきではない存在だ。故に、他の六道にはいけないんだよ。そして他の体に転生することもできない」

 だから、富井永良という人生を繰り返す。

 その最中で、私がここに至るまでで、ナガラは一体何回この輪廻を繰り返しているのだろう? 想像がつかない。

「僕がこの永久に終わらない人間道という輪廻の輪から脱け出すには、ミライ姉の存在が必要だった。ミライ姉は、六道輪廻を巡る運命にある。それは、、という力を持つことにもなるんだ。例えば、天界道でシェンになり得たように」

 なるほど、言われてみるとわかる。かつてシェンは私を次代のシェンにと言っていたし、シェンの能力でリウが餓鬼道という六道に干渉したのも見ている。それらを繋ぎ合わせれば、私が六道輪廻に干渉しうる力を備えているのは容易に想像がつく。

 ナガラは続けた。

「僕がこの人間道から出るためには、六道輪廻に干渉できるミライ姉の力が必要だった。干渉する力を持った状態──六道輪廻を巡る最中のミライ姉と接触する必要があったんだ」

 やっと、それが叶った、とナガラは微笑んだ。


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