第51話 滲んだ家族

「もう気づいたんでしょ? ミライ姉」

 ナガラのその言葉と意味ありげな視線、手で弄ぶカッターナイフに緊張を覚える。

 気づいた? 何を?




 わかっている。ナガラの正体と私の正体。何故私がここに飛ばされたか。

 何故私がここに飛ばされたかは推測でしかない。体は猫であるが、今、このときしか私はあのノートのことを思い出せなかった。

 過去に飛ばなければだめだったのだ。真実を知るためには。




「ナガラ……貴方は一番最初に生みの親である先生を殺した。しかし先生は私が知っていることを洩らされないか危惧して、自分の死と同時に起動するプロテクトを私にかけていた。故に私は今まで明確に思い出すことができなかった」

 長文を話したつもりだが、実際に出た声は、低く唸るようなにゃあ、だった。

「今、先生はまだ貴方に殺されていない。生きている。プロテクトは先生の鼓動か何かとリンクしている。だから私が知るためにはに戻らなければならなかった」

 しかし、素直に「長門未来」の体に戻ると時間旅行みたいなことになって、俗に言うタイムパラドックスというのが起こってしまうのだろう。

 例えば、その後私が血の一年を刻まなくなったりとか、ナガラと出会わないように逃げたりとか。それに伴って未来が変わってしまう。例えば、六道輪廻を巡る未来とか。

 タイムパラドックスが起きていないかというと、微妙なところである。この時間の時点では、天界道にはまだシェンがいて、リウはそれに仕えているだけ。まだ神としての力を持たない。

 餓鬼道でのリウの「干渉」が普通ならあり得ない状況を生み出した可能性もあるが。

「ミライ姉の色々な悩みを解決してあげよう」

 私の発した言葉を汲み取ったのかわからないが、ナガラは私の頭を撫でて語り出す。

「まず、ミライ姉は元々うちに存在したみーちゃんって名前の猫だよ。僕がみーちゃんをミライ姉と呼ぶようになったのは、──僕も輪廻を巡ったから」

 予想はしていた。何せナガラは私と「同じ」だ。もしかしたら、「運命」とやらも同じなのかもしれない。六道輪廻を巡るという運命も。

「僕はこれから、また同じ道を辿りに行くよ。僕は元々、存在してはいけないのに存在したから矛盾パラドックスなんて関係ないんだ。僕はこの後の未来も変える気はないからね」

 つまり、ナガラはこれから通り魔になりに行くということだ。そうすれば、矛盾はなくなる。

 猫の私に何ができようか。せいぜいナガラの裾を引っ張って止めるくらいか。だが、猫と人間では力の差は歴然だ。故に今の私にはナガラを止めることはできないし、やがてこの世界の「私」が殺人鬼になることを止めることも叶わないだろう。

 私は、無駄な足掻きはしなかった。そんな私の様子に、ナガラはいい子だね、と微笑んだ。

 頭を撫でられるのはやはり、くすぐったい。

「ミライ姉、お母さんと一緒にいてあげてね」

 ……そうだ。ナガラには母がいる。長門夫妻とは違う、温かい家族が。

 その存在は、ナガラの救いだったのだろうか。母を呼ぶときのナガラの笑顔を思い出して、私は目を閉じた。






 ミライ姉、と呼ぶ猫が去っていくと、ナガラははにかんだ。眦を拭い、気のせいだ、と呟く。

「お母さんと別れるのがつらいなんて、きっと気のせいだ」

 そう呟いて、ナガラは家を後にした。

「いってきます」






 もう帰ることのない家に、そう告げて。


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