第27話 相応にあれ

「そんなことを勝手に決められても困るな」

 重々しい声がした。

 その声の方を向くと、立派な黒ひげをたくわえた人物。険しい表情にぴりぴりとした雰囲気。本やら絵図やらで見るイメージの閻魔様というやつだろうか。見た目はあまり人間離れしていないが。しかめっ面が、私を射抜いているのと同時、リウやシェンをも射抜いているようだった。

 いくつも目を持っている、というわけではなく、眼力が強いというか、一点注視ではなく、全体に影響する雰囲気というか。

「……スー……」

 シェンが息も絶え絶えに呟く。スー、というのか、この閻魔様は。

「スー様、何故ここに」

 リウが驚きをもって呟く。

 ここは天界道。閻魔というのが地獄の番人という認識で間違っていないのなら、彼の人物は地獄道にいるはずなのだが。

 まあ、六道輪廻間は案外出入り自由なのかもしれない。

 そんなことを考えていると、不意に浮遊感を覚えた。見ると、つまみ上げられていた。スーに文字通りつまみ上げられていたのだ。まるで体重など感じていないように、首根っこを掴まれて。

「いくら見てくれが似ていようと、この六道輪廻のことは一柱の独断では決められないことはシェンとて知っているだろう?」

「それは、そうですけどね、スー……」

 息も絶え絶えにシェンは紡ぐ。

「実質六道輪廻を管理しているのは私と貴方だけです。修羅道を司るラオは奔放で、私たちに全て任せきりでしょう?」

「ラオは今関係ない」

 スーはばっさりと切り捨てる。

「良いか、シェンよ。お前は神の名を授かり、六道輪廻で最高位といっても過言ではないであろう地位に座す。だが、そんな頂点の一言を全て正しいと受け入れるほど、我が盲目的でないことを、お前は知っているはずだ」

 その一言に、シェンは黙り、悲しげな顔をする。

「……つまり、スーは、ナガトミライが六道輪廻を廻すことを認めないということですか」

「それ以前の問題だ」

 ここで、スーの鋭かった眼光が、私という一点に集中する。先程までとは比べ物にならない威圧感だ。さすがは閻魔といったところか。

「譬、どのような理由があろうと、神に害なす者が許されると思うてか?」

 スーの言葉は物凄く的を射ており、私は愚か、シェンですら反論できなかった。

「知らぬ存ぜぬでは許されぬ。この六道輪廻は人間道にも通じる世界。例えば人間道である国の長が暗殺されようものなら、その暗殺者の末路はどうなる?」

 もし、捕まれば、言わずもがな、厳刑に処されることであろう。捕まらなかったとしても、その人物は世間から謗りを受けるにちがいない。まあ、その首相がクズだった場合は除くが。

 シェンとはまだ対面したばかりだが、リウの慕う様子や、私なんぞの魂を拾ったことから察するに、クズではあり得ないだろう。善き政治家は歓迎される。──スーが言いたいのは、その論理だ。

 つまりは、私は罰されるべきだ、と。

「そんな……これは事故です。ミライには何の非もない」

 リウが叫ぶが、それはあまりにも違いすぎた。

 リウは気づかないフリをしているだけだ。私がシェンに対して、悪意しか抱いていなかった現実から目を逸らしているだけ。

 私を庇ってくれるのを、嬉しくないと言えば嘘になる。だが、こればかりはどうにもならない。




 ──それに、本来私は、地獄に行くはずだった魂だ。その方がよっぽど相応しい。

 スーが愚痴るように口にする。

「そもそもシェンはお人好しがすぎるのだ。リウのように良心のある魂ばかりではないのに、それでも魂を憐れみ、拾おうとするからこんな目に遭う。自重してほしいものだ……が、シェンに生きる気がないのなら、傷の回復は不可能。シェンは死ぬだろう」

 スーが淡々と告げる事実に、リウが息を呑む。しかし、それは事実だった。

 ここは想像と意思の世界。シェンに生きる気がないからこそ、リウの回復の祈りは通じなかった。

「そんな……シェン様……」

 置いてきぼりにされるように絶望しきった目で己が腕に抱く人物に眼差しを向けるリウ。けれど、シェンは、死ぬというのに、微笑んでいた。

「妥協案を、出しましょう」

 シェンが息をどうにか整えながら、告げる。スーの太い眉がぴくりと跳ねたが、黙って聞くようだ。

「私の跡をリウに任命します。リウは既に千年以上、この天界道に住まう立派な住人です。そういう意味では、ナガトミライより適任……ということで、どうでしょう?」

 スーは少し考え、頷いた。

「シェンよ。お前の思いやナガトミライという存在の特異性はわかっている。だが、我はシェンに害をなした者を見過ごせない。お前の意に背くだろうが……ナガトミライは我が預かり、地獄道で相応の罰を与える。

 後継のリウに関しては何も言うことはない」

「……では、決まりです……」

 言うと、シェンは目を閉じた。その体が光に包まれ、その光が、唖然としているリウの胸の辺りにすぅ、と吸い込まれていく。リウは現状を理解できていないようだが、シェンの神としての力が乗り移ったのだろう、となんとなく思った。


 さて、私は。

「行くぞ、ナガトミライ」

 特に抗うこともなく、素直にスーに引っ捕らえられ、地獄道へと歩みを進めた。

 リウが私に何かを言う前に、足早に去る。それが今できる最善と思ったから。




 第六の道 天界道 完


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