第26話 転機
シェンの体は見るからに脆弱そうである通り、弱いらしく、大袈裟に思えるほど咳き込んでいた。傷を身代わりに引き受けるという神経がまず理解できないが、やはり、先程私がリウに与えた一撃はそれほどに重いものだったようだ。
構えた槍を地面に突き立て、己が主の惨状に驚き、その細い肢体が崩れるのを慌てて受け止めるリウ。そこに私は闇討ちなどという無粋な真似をすることはなかった。予想外ではあったが、私の狙いは今崩れたシェンであり、決してリウではない。
シェンが死んでくれれば、満足だ。私はそんな身勝手な思考回路をしていた。
「シェン様!」
リウの悲鳴のような声が谺する。傷は見事にリウに切りつけたのと同じ箇所にできており、白いその衣装を鮮やかに彩っていた。
「よかった、貴方が無事で」
淑やかなその声……私によく似ているのに、雰囲気はまるきり違うシェンの声は愛しげにリウに向けられた。自分と同じ容姿の者から放たれている声だと思うとぞっとしない。
シェンは、手をそろそろと伸ばし、リウの頬に触れる。まるで、これでいいのだとでも言うように。死ぬかもしれないという運命を受け入れるように見えて、私はおかしいと思った。
この想像が物を言う世界の主たるシェンが、何故死ぬのか。
例えば、「どんな攻撃を受けようと自分は死なない、すぐ回復する」と想定しておけば、死ぬことなんてないのだ。きっとこの世界において最も長生きであろう人物が、何故そんなことも思いつかないのか。……いや、思いついていて、何故利用しないのか。
まるで、自分はここで死ぬべきだとでも思っているようだ。
思考を巡らすうち、少々平然を失っていたリウが我に返り、主の回復を祈っているのか、シェンを抱きしめ、目を瞑っている。しかし、その祈りが顕現することはない。
しばらくして目を開き、何も変わらぬ現状にリウは声もなく、何故、と問う。それにシェンは口を開いた。
「私はここで死ぬ
何もかもを見通しているかのようなその台詞には、私ですら絶句した。
「何故!?」
リウが絶叫する。叱咤のようにも聞こえた。懇願のようにも。
「六道輪廻の性質、ですかね。彼女……ナガトミライは転機なのですよ。この世界が変わるという、ね……」
「変わる……? それが貴女が亡くなることと何の関わりがあるというんです?」
すると、シェンの眼差しが私に向けられた。なんだか、嫌な予感がする。
「六道輪廻の歯車を回す者──それが、彼女なのです。今回は、異常が起きてしまったから、このような事態になりましたが……」
シェンは手で真っ直ぐ私を示す。
「リウ、貴方にもわかるはずです。次の主は彼女なのだと」
嫌な予感ほどよく当たるものだ。
ただのドッペルゲンガーなら、どんなに楽なことか。そう、私と同じ顔であるやつというのは偶然で生まれているわけじゃないのだ。……まあ、他はナガラしか知らないけれど。
目の前のシェンが言うのはつまり、私が──新しい神だということだ。
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