第24話 襖

 匂いがだんだん近づいてくる。もしかしなくてもこれは。

「シェン様とやらは女性なの?」

 すると、リウはなんだか難しい顔をして、うーんと首を傾げる。

「確かに、女性と言われれば女性なのでしょうが、まあ、女性の格好はしていますが、男装たら似合う方ですよ」

 はっきりしない答えが返ってきた。神様には性別がないというが、案外本当かもしれない。

 ただ、少し気になるのが、リウが私の目を見ないこと。目を合わせないなぁ、となんとなく思っただけだから、偶然だったのかもしれない。

 だから、さして気にも留めなかった。


 いい香りのする空間だ。あまり行ったことはないけれど、寺ってこんな感じなのかな、と思った。

 白を基調とした室内、奥へ奥へと進んでいく。終わりが見えない。襖をいくつ潜っただろうか。

「いつまで続くの、これ」

 素直な感想を告げると、リウは少し困ったように笑う。

「シェン様の気分次第というか……想像世界とは難しいものです」

 曰く、シェン様とやらの気分で奥に通じる襖の数が変わるらしい。

 傍迷惑な話だ。襖を開けるのはさっきからリウがやってくれているのだが、慣れているのがなんとも言えないところだ。しかし、これは本当に何枚もあるのに、よく飽きないものだ。

「まあ、いつものことですからね」

「難儀ね」

「まあ、長いのは確かです。三十枚は数えましたかね」

「……数えてたの?」

 驚愕だ。私なんか十枚数えてやめたのに。

「百枚を越えることもありますから、これくらい」

 相当難儀な人ね、そのシェン様って……

 近づいてはいるはずだが、香の匂いはあまり強くならない。近づいているのか疑わしい。

「……シェン様」

 リウが躊躇い気味に声をかける。

「はい、リウと、ナガトミライさんですね」

 柔らかい女性の声がすぐに返ってくる。この襖の奥にいるのだろうか。

 何故、私の名前を?

「リウ、話したの?」

「少し。けれど、シェン様はぼくが言うまでもなく、ご存知でした」

 知っていた?

「貴女はあのままでは、スーが拾ってしまったでしょうからね」

 スーとは。

 リウに聞いたところによると、地獄の管理人らしい。閻魔様みたいなものだろうか。

 地獄に行くというのは無信心な私としては眉唾物な話だが、私が流される先としては、地獄は至極全うに思えた。

 そういえばそんな私の魂をこんな場所に連れてきたのはシェンというここの管理者だったな。

「貴女は、廻らなくてはならないのですから」

 そんなことを言う女性。……何故か、ナガラを思い出した。

 嫌なやつの顔を思い出して気分が悪いのだが、気にした様子のないリウは、開けますね、と襖に手をかける。

 ──何か、嫌な予感がした。

 けれど、私が違和感の正体を掴む前に、シェンから了承の声が返ってくる。




 ふわり、香の匂いがした。




 その向こうにいたのは、の女性だった。


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