第2話不信の鐘音

「私じゃありません」

 そう言うくらいしか、私にはできなかった。

 私は市販のカッターナイフを護身用として持ち歩いていた。工作用のカッターなら、合法だ。まあ、常にポケットに忍ばせている人なんてそういないだろうけど。

 最悪なことに、その市販のカッターナイフが毎度の犯行に使われていた。市販なのだ。誰が持っていてもおかしくはない。

 そのせいで私はすっかり犯人扱いだ。一応、一通りの理屈はごねてみたが、現場の状況が私以外の犯人など入る余地もないほど完璧だった。

 もう一人、自分そっくりの人間が通りかかって、一瞬であの状況を作り出したんだ、なんて、苦し紛れの言い訳にしか聞こえないだろう。でも一応事実なので言ってみたが、結果は予想通り。

 でも、私じゃないのだから、私じゃないとしか言い様がない。

 カッターは護身用だというのも説明したし、話したくもなかったが、自分の容姿にまつわる病気の説明までした。ここまでやって、信じてもらえない。

 それは、他の殺人にも同じカッターが使われていたからだ。捜査が進むほどに、なぜか私の首が締まっていく。

 でも、もうすぐ日が暮れる。私だって一応未成年だし、親には捨てられたが、施設には保護されている身だ。もうそろそろ迎えが来るはず。まだ任意同行だから帰してもらえるはずだ。

「君を保護していた施設から連絡があった」

 私を取り調べていた刑事が言った。

「更正してほしいそうだ」

 ……は?

 今、何て?

「どういう意味ですか? それ」

「全ては罪を償ってから、ということだ」

 笑えない。

 私は保護者にすら見捨てられたらしい。

 いい加減にしてよ。

「私じゃありません」

「それはもういいよ。君の身柄はしばし警察が預かることとなった。続きは明日にでも聞こう」

「私じゃ」

 ぱたん。

 扉の音に続く言葉は遮られた。

「どうして」

 どうして誰も、信じてくれないんだよ?


 噛みしめた唇から、苦くて甘い味がした。

 この先幾度味わうとも知れぬ、絶望の味だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る