第7話

 周囲のヒソヒソ話から赤毛の人は第二王子だと分かった。


 なるほど。あれが第二王子レイフね。

 というか、プリシラの誕生日パーティーに王族が来るなんて聞いていない。つまり、彼は飛び入り参加か。王族だから断れなかったということね。


 勉強でどんな風に叩き込まれたっけ。

 ん? 第二王子は外国にいるんじゃなかった? リューガクってやつ。


 グレンと共に近付いてきた彼に頭を下げる。


「帰国したついでにお邪魔したよ。誕生日おめでとう。それにしても、プリシラ嬢は挨拶ができたんだ?」


 顔を見なくても分かる、こいつは嫌な奴。ジロジロとそしてねっとりとした視線を全身に感じて初対面なのに鳥肌が立った。


 いや待てよ。プリシラって王子に対してもそんな態度悪かったの? まぁ、納得だけど。だって友達も一人もいないくらいだし……我儘で情緒が三歳児だし……。


「あら、できますわ」


 これをやったらプリシラらしく見えるだろう。首をやや左に傾げて少しばかり顎を突き出す。何度も練習させられたプリシラの癖の一つ。私はこの動作があまり好きじゃない。人を小バカにしてるみたいで。


「怪我をして療養したと聞いたけど元気そうだね」


 これは嫌味だ。にこやかに王子は話しているけれど、紛れもなく言葉に隠されているのは負の感情で嫌味。目が全然笑っていない。

 この人、プリシラと交流があったなんて聞いていないけど最初からプリシラが嫌いなのね。グレン経由でいろいろ聞いているのかな。


「はい、すっかり元気になりました」

「良かったじゃないか。なぁ、グレン」


 第二王子はプリシラを前にしてグレンと会話を始めてしまう。やはり、グレンとは同い年で仲がよろしいようだ。これは私に見せつけているのだろうか。

 ところで、私を無視するならチョコレートケーキを食べていいだろうか。後ろにあるのに食べられないってすごく悲しい。


 こちらの第二王子は王族だが、亡くなったソクシツの子供だとお勉強した。なんだっけ、ソクシツって。王様には奥さんたくさんいていいんだよね。その中でも一番偉い奥さんである王妃様の子供ではないが、親が亡くなっているから王妃様が養育していると。えっと、王妃様の息子である第一王子がオータイシらしい。


 レイフ王子は……盾がないんだっけ? なんか違う。そうそう、後ろ盾がないから立場が弱いんだとか聞いた。


「帰国したからまたちょくちょく会うかもしれないね。プリシラ嬢」

「そうですね」


 赤毛を揺らしてレイフ第二王子が距離を詰めて来た。私よりも周囲で見ている貴族たちの方が王子の挙動に興味津々のようだ。グレンも止めようとはしない。


「一体いつグレンと婚約解消するの? 君みたいなのがグレンの婚約者なんて邪魔なんだよ」

「しませんけれど」


 ほら、耳元で他に聞こえないように囁かれた。私は人の顔色を読むのは得意なのだ。この王子は確実にプリシラが嫌いだ。


 小声で答えると、王子は面白そうにクツクツと耳元で笑う。


「へぇ、君は頭を打って大人しくなったみたいだ。ここまで言えば癇癪起こして掴みかかってくると思ったのに」


 この人は外国にいたし、そこまではプリシラもやっていないよね?


「せっかく回復してから行われた誕生日パーティーです。それとも、近付いて欲しいんですか?」

「勘弁してよ」


 プリシラらしいと言われる笑い方を口角にのせて挑戦的に王子を見つめると、彼も面白そうにこちらを見返してきた。彼の目はプリシラよりもくすんだグリーンだった。

 彼からは私と同じような香りがするが、数段厄介そうだ。だって、私は愛されないって知ってるから。目の前の彼はそれを知らないように見える。まだ他人に期待しているのか、可哀想に。


「頭打ってちょっとは賢くなったのかな? そんなことないか。賢くなってたらグレンとの婚約を君から解消してるはず」


 うわぁ、ほんとに嫌な奴。

 プリシラにそう言いたくなる気持ちは分かるけど、私だってここから逃げたいから婚約がなくなったら困る。それに、本気で解消させたいなら子供に言ってちゃダメでしょ。


 第二王子は言うだけ言って離れて行った。最後まで彼は笑っていてグレンはそんな彼を止めることなく他の人に話しかけられるなどしていた。多分、第二王子の発言は聞こえていないだろうな。


 第二王子のせいでその後で食べたチョコレートケーキの最初の数口は味がしなかった。最低だ。私の人生で数えるほどしか食べたことがないチョコレートケーキを台無しにするなんて。まだ片手だけで数えられるくらいなのに。


 プリシラの誕生日パーティーは無事に終わった。グレンは最後まで帰らなかったが、第二王子の飛び入り参加でそれどころではなかった。あの人は本当に何がしたかったのだろうか。

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