第3話

 馬車に乗せられる前に視線を感じて振り返る。

 さっきまで一緒にいた子供たちが窓から手を振っていた。涙ぐんでいる子もいる。


「みんな、元気でね」


 最後の挨拶もろくすっぽできなかった。でも、そう願いを込めて馬車の中から手を振った。


 どうせみんなすぐ引き取られるだろう。あの孤児院では私が最年長だった。

 みんな孤児院に来て三年以内に引き取られていく。娼婦の娘は私以外にいないもの。


 ガタンと馬車が走り出す。馬車に乗るのも初めてなのでしばらく窓の外に流れる景色を見ていたが、真っ暗闇が続くのでよく分からない。


「あなた、本当に十三歳なの?」


 あなた?? 「あなた」なんて丁寧な呼び方は初めてされた。

 驚いて口を大きく開けないようにしながら目の前に座る女性を見る。


「はい。そうです」


 ベールで隠れていて顔全体の印象は分からない。でも、彼女の手は綺麗だ。水仕事なんてしたことのないような白い、手入れの行き届いた手。私のあかぎれだらけの両手とは全然違う。いい暮らしをしていそうだ。お金持ちなんだろうか。


「随分と痩せてるのね、とても十三歳には見えないわ」

「はい、申し訳ありません」

「まぁ、いいわ。時間はあるのだし」


 それきり女性は口を閉じた。私も口を開いて何を聞けばいいか分からなかったので黙って女性を観察したり、窓の外を見たりして沈黙の時間を過ごした。


 どのくらい馬車で移動したのだろうか、やがて馬車は大きなお屋敷の前に止まった。


「ここよ。下りてちょうだい」


 馬車から下りて屋敷の大きさに驚く。

 なにこれ、こんな大きな家に私は住むってこと? すごい。暗くて部屋からこぼれる明かりでしか見えないけど広いお庭もある。噴水もある。これって窓何個あるの? 部屋は何個? お城じゃない? もしかしてすごくお金持ち?


 キョロキョロしながらも女性の後について行く。広いお屋敷に入って、階段を上りある部屋に入るように言われた。


 部屋に入ってまず目に入ったのは、大きな椅子に座る男性だった。葉巻を口にくわえており、部屋中が葉巻臭い。葉巻の臭いが鼻をくすぐって、孤児院の職員のタバコを思い出して思わず顔を顰めた。


 次に目に入ったのは、大きな家族の肖像画。四人家族だ。

 父親と母親と、兄と妹の絵だろうか。肖像画の中のある人物に私の目は釘付けになった。


「調べさせた通り、死んだ娘に気味が悪いくらい似ている。こんな奇妙なことがあるとは」


 男性の声で肖像画から目を離す。男性は肖像画の中よりも少しばかり年を取ったように見えた。じゃあ、母親は今後ろに立っているベールの女性?


「喜べ、卑しい娼婦の娘」


 嫌な呼び方をされてびくりと体が跳ねる。


「お前はこれから私の娘になりかわって結婚してもらう。良かったな。男に媚を売るのは母親同様得意だろう」


 葉巻の煙をふぅっと吐かれて思わずぎゅっと目を瞑った。

 孤児院から出ても、ここでも顔も名前も知らない母親に私は振り回される。私は娼婦の真似事なんて知らないし、やったこともない。


「今日からお前はプリシラ・エルンストだ」


 そう、肖像画の中の妹であろう女の子は私に瓜二つだった。まるで双子かと思うほどに。思わず、ここまで連れてきてくれた女性を振り返る。彼女は何かを耐えるように俯いていた。


 ほんの少しでも期待してしまった自分がバカみたいだ。

 どうせ私は3番で、どこにいても愛されることないというのに。

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