第348話 愛は永遠に

 異常なほどに潔癖症のがある亜蓮だが、それは「常に」という訳でも無い。

 子どもの御襁褓おむつ交換は行うし、何より動物が汚れていても毛嫌いしないのがその証左だ。

「田んぼで遊びすぎたなぁ」

「わふ~」

 照れくさそうに柴犬は言う。

 全身を泥だらけにした柴犬は、現在、城内の庭で亜蓮に洗われ中だ。

 井戸から汲まれた水を桶で頭から被り、石鹸でごしごしと擦られていく。

 本音で言えば、大浴場でしたい所だが、流石にそれは衛星的に問題がある可能性がある。

 その為、庭先が洗い場となっていた。

 暴れずに柴犬は、亜蓮に身をゆだねている。

 保護されている動物は敵味方をはっきり識別しているようで、亜蓮からはっせられる穏やかな雰囲気オーラつぶさに感じ取っているのかもしれない。

「にゃ~」

 猫も接近し、亜蓮の体に頬ずり。

 猫んは本来、水嫌いとされているが、それでも近付くのはそれ以上に亜蓮に接したい気持ちの方が強いのだろう。

「ゴロ、少し待ってね。今、太郎を洗っているから」

「にゃ~」

「分かったって。松、お願いできる?」

「……は、い」

 子犬や子猫に餌を与えていた松は、その作業を一旦、中断。

「ゴロ」

「にゃ~」

 名前を呼ばれ、猫は嬉しそうに松の元へ向かう。

 松は動物の管理責任者であり、更に直接、飼育に関わっている。

 その為、亜蓮よりも心を開いている動物は多い。

 仏教の開祖かいそ釈迦しゃか(紀元前624~紀元前544)の入滅にゅうめつを描いた『涅槃図ねはんず』には猫以外の多くの動物は勿論、麒麟きりん等の架空の動物も集まり、その死を悼んでいる。

 松がその釈迦に次ぐくらいに動物に愛されているのかもしれない。

 余談だが、猫が『涅槃図』から除外されたのは、


ねずみが釈迦のお遣いであった為

・釈迦を助けようとした鼠を猫が邪魔した為

摩耶まや夫人ぶにんは釈迦を産んだ7日後に亡くなったと言われ、釈迦入滅に際して天から長寿の薬を与えようと袋入りの薬を投げるも、失敗。

 薬袋は、釈迦の枕元の木に引っかかる。

 それに気付いた鼠が取りに行こうとするも、猫が邪魔をした為、釈迦を救うことは出来なかった』


 等の理由が語られている。

 しかし、後世の『涅槃図』には、猫もちゃんと参加している為、必ずしも仏教全体から排斥はいせきされた訳ではないのが両者の関係性だ。

 史実では20代前半で出家する松姫だが、この様子だと、そのまま史実通り進んだ場合、愛猫家あいびょうか―――ひいては動物好きの尼僧になるかもしれない。

「……」

 動物の中には、足元が覚束おぼつかない者も。

「おお、無理するな」

 片足が無い猫を、亜蓮は優しく抱っこする。

 長く戦災が続いた分、被害者は人間だけではない。

 動物もまた、被害を受けている。

 隻眼せきがんの馬、隻脚せっきゃくの猫、目が見えない羊……

 また、落ち着きが無い犬も姿も。

 最後の犬に関しては、人間で言う所の発達障碍のような行動だ。

 発達障碍は犬にもあるとされ、1970年、「過活動が注意欠如多動性障碍ADHDに似ている」という報告がされている。

 もっとも、それは令和5(2023)年時点で最新の報告であり、人間と比較すると研究があまり進んでいない。

 亜蓮は専門家ではない為、目の前の犬がそれに当たるかは分からない。

 しかし、苦労していることは分かる為、見捨てることも無い。

 そもそも、障碍は人間以外にもあり得る。

 2020年代には、


    動物園

・愛媛県伊予郡砥部町 :盲目のマントヒヒ、癲癇てんかんを患う北極熊

・高知県香南市    :脳性麻痺のあるチンパンジー

・広島県広島市安佐北区:足に問題があってうまく歩けないキリンの赤ちゃん


 等が報道されている。

「本当は歩行器が欲しいんだけどねぇ。ごめんね。知識が無くて」

 21世紀に居た頃、動画配信サイトで障碍で歩きにくい犬や猫の為に人間が歩行器を作り、装着させていた。

 自由に歩いたり、走れるようになった彼等は、これまでの内向的だったのが嘘のように、楽しそうに過ごしていたのが印象的だ。

「にゃ~ん」

 真意が伝わっているのか、猫に悲しげな様子は無い。

「次郎」

「わん」

 落ち着きが無い秋田犬は、尻尾を振って、亜蓮の元にやってくる。

 普段は松姫に世話を一任している為、彼等との交流は少ない。

 が、無関心、という訳でもない。

 1頭ずつ、名前をつけてはでているのがその理由だ。

「……」

 次郎はあまり来ない亜蓮を恨めし気に見上げる。

「ごめんね。もっと来るようにするよ」

 公務がある時は流石に厳しいが、飼い主である以上、放置する気は更々さらさら無い。

「ううん……」

 それでもうめく次郎。

 松姫が頭を撫でる。

「だい、じょ、ぶ」

「うう……」

 松姫の登場により、次郎はどんどん静かになっていく。

 なんだかんだで日常的に世話になっている彼女の方が信頼度が高いのだろう。

「……じ、ろ」

 優しい声音で、松姫はその体を抱っこしては抱擁ほうよう

 一瞬、犬歯けんしを見せる次郎だが、それでも噛むことは無い。

 数瞬後には、更に静かになる。

「良い子だ」

 亜蓮も撫でると、次郎は嬉しそうによだれを垂らす。

 亜蓮も松姫も虐待は行わない。

 威圧的に接することも無い。

 あくまでも愛情優先の空間を意識している為、多くの動物は、安心して暮らすことが出来る。

 着物が汚れても亜蓮は、気にする様子は無い。

 叱っても良い所だが、相手は動物。

 人間とは何もかもが違う為、「高圧的に接するのは無意味」と考えているのかもしれない。

 脳性麻痺の疑いがある猫も近付いてきた。

 歩行が困難な彼は、独特の歩き方をしている為、目立つに目立つ。

 人によっては奇妙に見え、敬遠するかもしれないが、亜蓮は歩き方が違っても、問題視することは無い。

「虎、ゆっくりな?」

「にゃ~ん」

 嬉しそうな声を上げると、「虎」と名付けられた猫は、亜蓮の体に密着し、そこで座る。

 膝に乗ってくることは無いが、それでも隣に居たいようだ。

 彼等以外にも飼い主に捨てられたり、保護された老犬、老猫ろうびょうも居る。

 世の中には「老いた」との理由で愛玩動物ペットを販売店に返しに来る人間も居るのだが、ここに居る彼等もまた、同じような理由なのかもしれない。

 一部は認知症の思しき者も居る為、その世話は大変だが、亜蓮は見捨てることは無いので、彼等は寿命が尽きるまでにこの場所に居る。

 虹の橋に渡った後も、墓が作られる為、その扱いは人間同様だ。

 このことから、いかに亜蓮が動物に対し、愛情を注いでいるかが分かるだろうか。

「……」

 犬や猫に囲まれる亜蓮を、松は凝視。

 そして、どさくさに紛れてその背中に抱き着く。

「♡」

 松姫の頬ずりを受けて、亜蓮も微笑む。

 一切、悪感情あっかんじょうが無い、とうとい場所が形成されていた。


[参考文献・出典]

 AERA 2020/02/15

 sippo 2023年7月12日

 NHK 『障がいと、動物。』2023年4月28日

 毎日新聞 2023/6/22

 高知県立のいち動物公園 HP

 産経新聞 2022/2/19

 NHK『サタデーウォッチ9』2024年12月11日

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