第347話 春と、黒と

 諸地域での一揆は、瞬く間に鎮圧されていく。

 危険な芽は早めに摘むのが平和への最善策の一歩だ。

「……相変わらずの働き具合だな」

 前線からの状況が記された書状に、織田信長は満足気だ。

 亜蓮の働きによって、基本的に暇が多くなった為政者いせいしゃは、ほぼ隠居の状態だろうか。

 居城である二条城では、


    続柄    名前 年齢は元亀2(1571年)時点

            (/)は生年に諸説ある人物

 兄弟姉妹:異母兄・信広 43/40/39歳

      異母弟・信照 25歳

         ・長益 24歳(→後、有楽斎)

      妹  ・栄輪院 20歳?

 妻   :正室 ・濃姫 36歳

 子ども :長男 ・信忠 14歳

      次男 ・信雄 13歳

      三男 ・信孝 13歳

      四男 ・秀勝  3歳 ※五男説も

      五男 ・勝長 6歳? ※四男説も

      庶子 ・信正 17歳 ※存在自体を疑問視する説も

      長女 ・徳姫(→五徳おごとく) 12歳 ※一般的には次女とされる

      次女 ・相応院(冬姫?) 10歳 ※一般的には長女とされる

 親族 : 甥  ・津田信澄つだのぶずみ 16/13歳

 その他:妹婿  ・織田信直おだのぶなお 25歳

 分家 :当主  ・織田信張おだのぶはる 44歳


 等、多くの家族・親族が来ては、信長との交流を深めている。

 半余生状態とも言える信長の元には、日々、彼等が登城し、乱世ではあまり出来なかった会食を行っている。

 今日も先ほどまで、伯父や叔父と会食したばかりだ。

 そんな腹をさすりながら、信長は書状を家臣に渡す。

 直後、視線を我が子に向ける。

「徳、冬」

「「は~い」」

 姉妹は笑顔で寄ってきては、その膝に飛び乗る。

 それぞれ、12歳と10歳。

 子どもの思春期に入る年頃は、


 一般社団法人・日本産婦人科医会 :8歳頃

 一般社団法人・日本小児内分泌学会:男子12歳頃 女子10歳頃

 栃木県             :11歳前後

 子ども・若者育成支援推進法   :中学生

 文部科学省           :中学生

 健康やまぐちサポートステーション:13歳


 と組織によっての紹介は、区々まちまちだ。

 その為、一概に言えないのだが、それでも姉妹はこれらから考えると、年齢的に思春期に突入してもおかしくはない。

 それでも父にべったりなのは、やはり戦国乱世の期間、親子の交流が希薄きはくだった反動で、ファザー・コンプレックスファザコンのような感じになったのかもしれない。

「ねぇねぇ、父上~」

叔母上おばうえは?」

 姉妹の関心は、お市の居場所だ。

 親馬鹿になった父・信長と比較すると、叔母・お市は厳格な所がある。

 信長は平和になった分、かどが取れたのだろうが、お市は依然として厳格だ。

 歴史的には平和な時代、女性の存在感が強くなることがある。

 第一次世界大戦前のドイツ帝国では、後に《女性解放運動の母》と呼ばれることになるクララ・ツェトキン(1857~1933) が。

 日本では第一次世界大戦後の主に1920年代に平塚らいてう(1886~1971)が。

 それぞれ男女同権主義フェミニズム運動を担った。

 戦時下等、荒れた時代には、男女同権主義が活発になるほどの余裕が無い為、このような現象が起きるのだろう。

 お市は現在で言う所の男女同権主義者フェミニストではないのだが、男性の力が弱まった時期な分、油断せずに気をしっかり持っているのかもしれない。

「お市は船岡山城だよ」

「相変わらず、山城守にぞっこんだねぇ」

「風の噂じゃ毎日、抱かれるらしいね」

 姉妹の耳に届くほど、夜伽よとぎは有名なようだ。

 現在よりも娯楽が少ない分、人への関心度は今以上に高いのだろう。

 現在でも不倫等が噂話としてよく語られるように。

 色恋はある程度、需要じゅようがるとされている。

従弟じゅうてい従妹じゅうまいの顔が早く見たいね」

「そうだね。あやしてあげたい」

 既に茶々、お初を溺愛している姉妹には、沢山の子どもを期待している。

 家族が増えれば、それだけ一族は繁栄すると共に良い意味で騒がしくなる。

 勿論、諸事情で子どもを産めることが困難な夫婦も居る為、その押し付けは良くないのだが。

 信長も頷く。

「そうだな。ただ、お市はお市で苦労しているようだよ」

「「?」」

「山城守はうさぎ並に年中発情期で、情欲じょうよく膃肭臍おっとせい級だ。最近まで毎晩愛されたお市は、心身共に疲れて今は夜伽を休業中らしい」

「あらまぁ」

叔父上おじうえは相変わらずだね。吉田でも有名だよ。その話は」

 亜蓮が設立者である国立校でも、その話は流れているようだ。

 城下町でも隠さずに妻妾さいしょうと恋人繋ぎや接吻せっぷん(現・キス)、過激化エスカレーションすれば愛撫あいぶも行う男である。

 船岡山城から遠く離れた吉田に在る国立校でも、噂が流れるのは仕方ないかもしれない。

「噂を規制しないんだな?」

「多分、『人の噂も七十五日』と思っているのかな?」

しくは、そもそも気にしていない、とか」

「ううむ……」

 苦笑いで信長は、頬を指でく。

 女性に対しては「恥知らず」とも言えるくらい、開放的な亜蓮だ。

 噂が流布されたとて、どうとも怒っていないのかもしれない。

 そもそも人間は規制されればされるほど、我慢が難しくなる場合がある生き物だ。

 冷戦下のソ連で、西側諸国の音楽が密かに楽しまれたり。

 内容があまりにも過激だった為、アメリカのボストン等の一部地域で公開が禁止されるも、それが逆に人々の関心を招き、映画が大ヒットを記録したり。

 関心、というものがある以上、人々の欲求は、例え国家であっても抑え付けるのは困難なのだ。

 対照的に亜蓮は普段から開放的な為、人々もその日常に慣れてしまい、今更、性生活を持ち込まれても、それほど関心が集まらないのかもしれない。

 現に姉妹は知っているが、それほど否定的な反応は見られない。

 この様子だと、校内でも平然と妻妾に接近スキンシップを図っているかもしれない。

「2人は山城守の夜に興味があるのか?」

「全然」

「最初こそ興味あったけど、もう聴き慣れたからね。助平すけべな男子も最初こそは反応していたけど、今は全然だよ」

「うんうん。それで瓦版かわらばんも全然、報じなくなったし」

 設立者の私生活が報道になるのは、凄まじい話だ。

 それを黙認している亜蓮も異常だろう。

 生徒が知るほどに有名になったことで、逆にその価値が失われているようだ。

「……今後は不必要に山城守に近づくなよ。からな」

「分かってるって」

「叔父上はそんなことしないと思うけど、念の為、気を付けるよ」

 以前、積極的に交流を深めていた時期がある為、姉妹は亜蓮に対して嫌悪感は薄い。

 それどころか、心は開いているのだが、お市等の苦労を見ると、やはり一定程度は警戒した方が良いだろう。

 信頼している人物が、何が契機で豹変ひょうへんするかが分からないのが、人間の恐ろしい部分の一つである。

 今後、大人の女性に成長していく姉妹としては、念の為、警戒していた方が良いだろう。

(……良識ある山城守だからな。流石にそんな真似はしないだろうが……お市が寝込むほどだからな。これ以上、家から被害者を出したくない)

 亜蓮を信頼している信長であるが、我が子が狙われないように、そこは親として警戒感を強めるのであった。

  

[参考文献・出典]

 渡辺江美子「織田信長の息女について」『織田氏一門』岩田書院〈論集 戦国大名と国衆20〉2016年 初出:『国学院雑誌』89巻11号 1988年

 一般社団法人・日本産婦人科医会 HP

 一般社団法人・日本小児内分泌学会 HP

 栃木県 那須教育事務所ふれあい学習課 pdf

『子供・若者育成支援推進大綱 ~全ての子供・若者が自らの居場所を得て、成長・活躍できる社会を目指して~』(子ども家庭庁)

 文部科学省 HP

 健康やまぐちサポートステーション HP

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