第45話 対面

 アイラが棺を砕いた瞬間、燃え盛る集会所を囲む村人たちの動きがぴたりと止まった。老人も同様だ。目を見開いたまま固まり、わずかな間に続いて倒れ伏す。首がもぎ取れ、ごろりと転がる。


「うおー、あっちい!」


 猛火の中からサイラスが飛び出す。その直後、集会所の屋根が崩れ落ちた。


「ひゅー、間一髪だな。倒壊に巻き込まれたら<防熱>なんかじゃとても耐えられねえ」

「やっぱりこれが魔術の核だったんですね」


 アイラは荒い息を吐きながらへたり込んでいた。<聖鎧>はすでに解けており、反動を受けているのだ。<聖鎧>は1分間だけ超人的な戦闘能力を与えるが、時間を過ぎれば強烈な疲労に襲われ、日に1回だけという制限もある。


 徐々に辺りが明るくなっていく。燃える家々に照らされているわけではない。光の源は空から降り注いでいる。村を覆う霧が薄くなり、太陽が顔を出していた。猛獣の牙を思わせる山並みがくっきりと浮き上がった。


 山の中腹に古城が見えた。尖塔がいくつも設けられ、まるで天に向かって槍を突き立てているようだ。石壁には枯れた木の蔦がびっしりと張っているが、侵食によるひび割れなどは見られなかった。


「こんなデカい城がすぐそこにあったのかよ……」


 突如として姿を現した巨大な建造物にサイラスは目を丸くする。城まではここから歩いて一刻もかからないだろう。屍喰しくい蝶を離してみると城の方角へ向かって飛んだ。


「ようやくゴールが見えたな」

「これを隠すための霧だったんですね」


 二人の切り札はアイラの<聖鎧>である。

 それを回復させるため、村の焼け跡で一泊してから古城へと続く道を歩みだした。


 * * *


 古城の門は開け放たれていた。内部に照明はなく、薄暗い空間がぽっかりと口を開けている。ランタンを灯して踏み入ると、埃が舞い上がり黴の臭いが鼻を突く。


「エンバーは来ていないようだな」


 床に積もった埃に足跡がないことを確認したサイラスが呟く。


「普通に考えればそうですが、エンバーさんなら上の階に直接飛び込んだりもしそうじゃないですか?」

「あー……否定できんな」


 屍喰しくい蝶は上の方向に飛んでいる。この先に一連の事件の黒幕がいるのであれば、上階のどこかなのだろう。


「不死者も足跡を残すとは限らん、か」

「あの霧のような怪物がこの城にも潜んでいるかもしれません」

「ああ、気を引き締めていこう」


 屍喰しぐい蝶に導かれるまま城内を進むと、螺旋階段についた。階段も埃まみれで足跡はない。行く手は幾重にも張った蜘蛛の巣で遮られていた。


「ランタンよりも松明の方がよかったか」


 小剣で蜘蛛の巣を切り払いながらサイラスがぼやく。荷馬もいない二人旅だ。期間も読めなかったため、荷物は食糧を優先している。余分な装備を持つ余裕はなかった。


 階段を上がりきると、広い通路に出た。そこには縁を金糸であしらった赤い絨毯が敷かれ、埃は積もっておらず蜘蛛の巣もない。黴の臭いも漂っていなかった。


 絨毯の先には、金属製の扉があった。扉は両開きで、奇怪な文様がびっしりと刻まれている。蛇、蛭、蜘蛛、毛虫、百足、疣だらけの毒蛙……そういったモチーフが抽象化され、複雑に絡み合っていた。


「いよいよラスボスって感じですね……」

「黒幕様とご対面だ。不意打ちに注意しろよ」

「了解です!」


 扉を蹴り開け、武器を構えて突入する。

 扉の先は大きな広間になっていた。採光用の窓はなく、ランタンの光では端まで見通せない。ここにも絨毯が敷かれており、部屋の奥に向けて真っすぐ伸びている。奥は一段高くなっており、金箔で覆われた玉座があった。背もたれにも肘掛けにも扉にあったのと同じ彫刻が施されている。


 そして、その玉座に座る人影があった。

 人影は骨と皮だけの枯れ枝のような手でパチパチとゆっくり拍手をした。そして枯れ草が擦れ合うようなしわがれた声を発する。


「おお、偽りの神の走狗よ。よくぞこの虚ろなる玉座まで辿り着いた」

「はっ、いかにもなお出迎えだな。メイズに色々仕掛けてくれた死霊術師はあんたかい?」

「いかにも。骸の王の復活を言祝ぐ供犠となる栄誉を賜ったのだ。喜ぶがいい」

「そんな栄誉はご遠慮願うね」


 死霊術師の言葉をサイラスは吐き捨てる。


「骸の王の偉大さを知らぬ愚か者よ。地上の正当なる支配者は骸の王なのだ。死を否定し、偽神のくびきから我らを解放する真なる神なのだ」

「死霊術師が神ですって!?」

「まあまあ、落ち着けよアイラ。それで死霊術師さんよ、愚かな俺にも骸の王とやらについて教えてほしいねえ」


 激昂するアイラを押し留め、サイラスが質問を投げかける。こういう手合いとまともな会話は成立しない。気持ちよく演説させて、そこから情報を得る方がスムーズだ。


「死のない世界を想像できるか?」

「そんなに長生きしたいと思ったことがなくてね。生憎とわからねえや」


 サイラスは皮肉交じりに返すが、本音でもある。エンバーと出会ってからは胃が痛くなる日々だった。積極的に死にたいと思うほど思い詰めてはいないし、教会の教義でも自殺は禁止されている。だが、適当なところで切り上げて冥府でのんびり過ごしたいとも思う。


 そのサイラスの言葉を、死霊術師は低い声であざ笑う。


「くくく。それはお前が貧しいからだ。人間が貧しいからだ。現世の輝きを知らないからだ。舌の上でとろける美食、鼻腔に甘やかな香りを残す美酒、望みの調べを奏でる管弦楽団オーケストラ、理想通りに創られる伴侶。そうしたあらゆる欲望が叶えられるとしたら、愚かな貴様でも永遠の生を望むだろう」

「贅沢三昧なら永遠に面白おかしく生きられるってわけかい。どうにも眉唾だねえ。骸の王は、そんな国を作ったってのかい?」

「その通りだ!」


 死霊術師の声が大きくなる。


「よかろう、愚か者どもよ。貴様らにも骸の王の偉大さを教えてやろう。何も知らぬまま礎となるのでは、せっかくの栄誉もその有り難みがわかるまい」


 そして、嗄れ声が長々と語り始める。

 骸の王の王国がいかに輝かしい栄華を誇ったのかを。

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