第24話 死霊術
「迷宮で揉め事は命取りだぞ」
オドゥオールとサイラスの間に割って入ったのはゴゴロガだった。道化師を倒し、エンバーと合流できたとはいえ迷宮内が危険であることに代わりはないのだ。仲間割れをきっかけに全滅する一団は珍しくもない。
「すまん。つい口調が厳しくなった。だが死霊術は実践はもちろん研究すらも禁忌なんだ」
「いえ、私こそ迂闊でした……」
ばつが悪そうに頭をかくサイラスに、オドゥオールも軽く頭を下げる。
「でも、それにしたって厳しすぎない? つか、お宝には違いないんでしょ? あっ、こらっ! 本を投げ捨てるな!」
エンバーがまた一冊の本を放るのを、ツバキが慌ててキャッチする。滑らかな革で装丁され、金銀の文字が刻まれたそれは美術品としても価値が高そうだった。
「うーん、これって何の革なんだろ? 毛穴は目立たないし、柔らかくてしっとりしてるし、牛でも羊でもないよね?」
「人間の皮膚だろうな」
「げえっ!?」
ツバキが悲鳴を上げて本を放り捨てる。革張りの本は床を転がり、裏表紙が明らかになった。そこには人間の顔面を材料にしたことがはっきりわかる装丁が施されていた。
「分け前のことなら気にするな。教会が買い取って、その金額を報酬に上乗せする。それでいいだろ?」
「お金がもらえるんなら問題なし! オドゥオールもいいでしょ? そのお金で他の魔術書を買ってもいいんだし」
「え、ええ」
オドゥオールの視線は未練がましく魔術書に向かって泳いでいるが、提案には同意する。知識欲はあるがそれで教会を敵に回すのはとても釣り合いが取れることではなかった。
サイラスはパイプを取り出し、ゆっくりと紫煙を含む。
「言い訳に聞こえるかもしれんが、これは厳しすぎるわけじゃない。死霊術ってのはそれだけ厄介なんだよ。アイラ、学校の復習だ。ちょっと講義してやれ」
「えっ、私ですか!?」
「俺の口は煙草を吸うのに忙しい」
「まったくもう……」
突然水を向けられたアイラが、咳払いをして話を始める。
「ええっと、不死者の恐ろしさはわかりますよね? とくにゾンビやワイトなどの感染性があるタイプはたとえ一匹でも放置すると大惨事になりかねません。なので、教会では一般向けに不死者化の予防となる葬送方法の講習を行ったりしています」
「えっ、そんなことやってたんだ」
「申し訳ありません、私も初耳でした……」
ツバキが目を丸くし、オドゥオールは赤面して目を伏せる。それを知らなかったがゆえに、かつての仲間をゾンビにしてしまったのだ。
「仲間が死んだ場合の話など、聞きたくない者が多いからな」
ゴゴロガは遠い目をしながら髭をしごく。現役時代、ゴゴロガにも仲間を不死者にしてしまった経験があった。そうやって痛い目にあってから、やっと教会の講習会に足を運んだのだ。
「迷宮などの魔素が濃い場所では不死者化の進行も早いので冒険者の皆さんにはとくに知っておいていただきたいのですが……」
「ごめん、ちゃんと勉強するよ。オドゥオールが」
「それでは私が死んだときに対応できないでしょう。ツバキも一緒に講習に行きましょう」
「ええー」
唇を尖らせるツバキにオドゥオールは肩を竦める。
「ところでさ、質問。不死者がやばいってのはわかってるけど、死霊術はどうやばいの? そりゃ、ゾンビやワイトを作られたら大変だけどさ。そういうのを作るメリットって何にもなくない?」
苦手な勉強をさせられそうになったツバキが話の流れを変えようと質問をする。ツバキにとって、不死者とは生者を憎み無差別に襲うものという理解だ。そんなものを作るメリットが思い当たらない。
「死霊術には不死者を生み出すだけでなく、それを操る方法も含まれます。戦力にも労働力にもできるので、それを目的に死霊術を求める者もいます」
アイラはとある貴族が農園の労働力としてゾンビを使った事件についてかいつまんで語る。結果は暴走。支配の力が及ばないほどにゾンビを増やしてしまったのだ。その領地は壊滅し、領民もゾンビ化して数百体の群れになった。教会が戦士団を派遣して事態は終息したが、発覚が遅れれば被害はより拡大していただろう。
「たとえば冒険者の皆さんでも、ゾンビを自在に操れるとしたらどうでしょうか?」
「うーん、罠がありそうなところを歩かせたり、囮に使ったりできそうだね……」
アイラの問いかけにツバキが答える。言われてみれば、死霊術は確かに有用だ。ツバキ自身はゾンビと一緒に冒険などしたくないが、もしも使えるのなら活用する冒険者は多いだろう。
ツバキとオドゥオールの表情が曇ったところで、サイラスが手拍子を一度打った。
「講義ご苦労、アイラ先生。ってわけで死霊術ってのは危険な上に、生者にとって魅力的すぎるんだ。知ってしまえば使いたくなる。だから教会は死霊術を禁忌と定めた。教会では対策のために研究がされているが、それも一部の部署に限定される。俺だって不死者の滅し方は知っているが、死霊術の詳細は何も知らない」
サイラスは紫煙でぷかりと輪を作って締めくくった。
しかし、ツバキの視線は違うところに向かっていた。
「わかったけど、あれはその例外なの?」
「あれは……仕方がない」
棚の魔術書を片っ端から引き抜いてめくるエンバーの後ろ姿に、サイラスはため息をつくことしかできなかった。
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